明石サイキョウ大橋
タイトルをみて、「なんのこっちゃ?」と思われたかもしれない。
私も、このフレーズが耳に入った時は、「なんのこっちゃ」と思った。
昨日の夕暮れ時。
私は、兵庫県立明石公園(明石市)内の明石城跡から、南方にあるJRおよび山陽電鉄の明石駅や、林立するビル群、および淡路島の遠景をぼんやり眺めながらベンチに座っていた。
仕事休みの日や、気分転換をしたい時に割とちょくちょく寄っている場所なのだ。都市公園なのだが、綺麗な芝生広場や遊具類、「明石トーカロ球場」や陸上競技場の「きしろスタジアム」などが整備される一方で、緑の深い林間部は植生豊かなまま存続しており、さまざまな野鳥や小動物、昆虫類が見られる。子どもの頃は、父親に連れられて何度も虫捕りに行った場所の一つだった。
そんな、大人になっても「お気に入り」の場所で、一人ぼーんやりしてたら、
「あれ、明石サイキョウ大橋やろっ!」
と、男の子の威勢の良い声が耳に入った。
気になって、やんわりと目元をそちらに傾けると、城跡へ登って来たらしい、親子連れだった。父親と目される眼鏡の男性と、小学校2~3年生くらいの男の子。
男の子は、城跡から西南方向を仰ぎ見て、もう一度繰り返す。
「明石サイキョウ大橋!!」
私はようやく理解した。
ああ、確かに。
ここからは駅前のマンション群のさらに向こうに、淡路島とともに、そこへと繋がっていく大きな大きな架け橋――「明石海峡大橋」が見えるのだ。
「最強ちゃうで。明石カイキョウ大橋な」
「ちゃうって! 最強大橋やろ! だって最強やん、デカイし!」
「いやデカイけど最強やないんちゃう」
「じゃ最強な橋ってどこなん」
「いや知らんけど。というか〇〇、『海峡』って漢字で書けるな?」
「カイキョウとか知らんし! だって最強やもん!」
「いや、だーかーらー、最強大橋ちゃうねんて」
などと、ちょっとした漫才みたいな親子の会話を耳にしながら、当該フレーズを頭の中で反芻してみる。
明石最強大橋……
アカシ、サイキョウ、オオハシ……
男の子が分かっててそういう言葉を使って、ある意味、父親をおちょくっているのか。
あるいは、本当に「明石最強大橋」だと思い込んでいるのか。
親子はベンチに座る私の存在など気づきもしなかったように、櫓(やぐら)のほうへと歩を進めていった。
余談だが、明石城には築城当時から「天守閣」が建てられておらず、本丸に現存する2棟の櫓――南西端の坤(ひつじさる)櫓と南東端の巽(たつみ)櫓――が城跡の象徴的存在となっている。
いずれも国の指定重要文化財に認定されており、明石駅のプラットホームからも、北方の公園側を望見すると視認できる。
親子の背中をボンヤリ見送りながら、思う。
明石最強大橋なんて造語を、今の「おっさん」になった私は、果たしてそう易易と想起できるだろうかと。
うん、たぶん無理だ。
やっぱり、子どもの発想は天才的だと思う。
その突飛ともいえる発想が、すぐに何かに役立つかと言えば、なかなかそうもいかないかもしれない。
それでも、こういうちょっとした造語ひとつでも、漫才じみた会話のやり取りが生まれ、偶々傍観者になった独り身のおっさんの心にも、「仲の良い親子ってええな」という充足した感情を、思いがけなく萌してくれた。
ありがとう、天才少年!
ありがとう、明石最強大橋!
さて、実際に最強といえるほど、世界トップクラスの全長と規模を誇る吊り橋である明石海峡大橋。
明石〝最強〟大橋との異名を取っても、案外と違和感はなかったりして。
(了)
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