満の満々 キングダム 運命の炎 (2023年製作の映画)

お好きな方はスルーでお願いします。
多数の人にとっての愉しみがじぶんにとって苦しみであるということがあります。この映画を見ることは苦痛というより拷問でした。それなら見なければいいのですが、これが面白いという感性が中央値であることは、衝撃かつ納得できなかったので前作・前々作でも感想をあげてきました。

誰も傷つけるつもりはありませんし、望まれて供給した結果、需要が満たされた以上何の問題もありません。ただ、どんなことでも自分の意見が世評と乖離しているばあい、同意見を探すことがあります。
この映画を拒絶している人間は自分だけではなかった──と知ることは、人生の歓びのひとつです。そのために置いておくのです。

全場面が見得を切ることと中二というか小五なキメゼリフで構成されています。ひとつのシークエンスを書き出して、その構文と演出を紹介します。

嬴政(吉沢亮)が趙国から脱出する場面です。協力者は紫夏(杏)と道剣(杉本哲太)と亜門(浅利洋介)です。嬴政とあわせて四人が乗る馬車を一頭の馬に牽かせて全力疾走させます。馬に対しては酷薄な人たちでした。趙国の追っ手がきて騎射してきますが乗り物の重量差にかかわらずぜんぜん追いつきません。が、矢がばんばん飛んできて絶体絶命です。

亜門「合流地までまだ二刻もある、くっそ、ここまでか」
紫夏「あきらめてんじゃないよ亜門、矢も尽きてない、馬も走ってる、諦めるな」

嬴政は亜門と道剣を鼓舞し、三文芝居と愁嘆場がはじまります。
まず道剣が矢を浴びて「政様お許しを」と言って倒れます。で、亜門も嬴政を護ろうとして身代わりに槍を受けます。ちなみに亜門は嬴政に反目していたのですが「お前はちゃんと秦に帰れ、秦に帰ってちゃんとした王になれ」と熱い捨てゼリフを残して逝きます。追っ手が目と鼻の先にいて、矢がばんばん飛んできている状況ですが、この映画はどんな状況であっても見得を切り、中二というか小五キメゼリフを言います。言い遂げるまでの間、世界はポーズします。

馬車には紫夏と嬴政の二人が残り、紫夏は嬴政に手綱を任せて自分は後方援護にあたります。「(嬴政を)コロさせない」とわめき、さんざん見得を切りまくりながら、追っ手を払い、ようやく秦の騎馬隊が見えて「間に合ったぞ紫夏」と言って振り返ると紫夏は矢と槍に貫かれています。流麗なバックミュージックが止まって、悲劇的殉職が誇張されます。

もう充分わかったので次に行ってほしいのに嬴政と紫夏は死に際の愁嘆場をやります。嬴政が「お前達のおかげで俺は王になれる」と言うと紫夏が「あなたは誰よりも偉大な王になれます、どうたらこうたら」と言って息絶えます。で、嬴政が「紫夏ー!」と叫びます。
小っ恥ずかしくて鳥肌が立ちっぱなしです。全尺がこの調子です。

だいたいあきらめるなという構文は少年少女の読み物についてまわる欺瞞です。物理的に不可能な状況であきらめるなというのはばかか、でなければ情弱な人々を感動へ導くための台詞です。むろんそれで感動してしまえるならばの話です。無理ゲーな状況下で「あきらめるな」と言う愚かなヒーローに疑いをもって下さい。それがリテラシーです。

いや、そんなことはどうでもよく、なんにせよ登場人物が台詞を言う毎にゾワゾワして変な汗がでてきます。ここの人たちは皆、言上でも了解でも、眼前で掌と拳をパンと合わせますが、それだけでもゾワッとします。このゾワゾワやゾワッは俗に言う共感性羞恥ですが、それが120分ぶっ通しで続く様を想像して下さい。

戦場で王騎と謄が「満の満々ですか」「満の満々であります」「満の満々の・・・」と押し問答するところは、ひょっとしたらこいつら全員ネタをやっているという自覚があるのではないか──という懐疑心が芽生えましたが、もうどうしても耐えきれず、途中で見るのをあきらめました。

たとえばわたしはディ○ニーランドに属するすべてのものが嫌いです。人混みも長蛇の列もはしゃいだ雰囲気もスタッフの明るい態度も着ぐるみも割高コストも、人々が夢の国だと評するそこは、じぶんにとって地獄でしかないでしょう。ただそんな意見は聞いたことがありません。嫌いなら行かなければいいのであって、わざわざ行って嫌いを表明する酔狂がいないからです。好きな人だけが行って「楽しかった」を表明するからディ○ニーランド=夢の国が一致した見解になるわけです。

しかし無作為統計をするなら遊園地が楽しいという人は決して全員ではありません。日頃、多数派に寄せた単純なポピュラリティばかりを見せられるわれわれは「ディ○ニーランド?死んでも行きたくないね」という意見に福音を感じるはずです。同様に「キングダム?あれのどこが面白いの?」という意見を見つけたら思わず「だよな」と言うはずです。
少数派の「この映画を拒絶している人間は自分だけではなかった」のためにレビューしました。

多分これは映画ではなく「キングダム耐性」のテスト場です。激アツな愁嘆場の連続、見得と中二というか小五のキメゼリフにどこまで耐えられるかぜひチャレンジしてみてください。

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