ペアーズ戦記 忘れえぬ男

我々は中華料理屋にいた。

私は担々麵、彼はエビチリやらチャーハンやらシュウマイやら色々入っている定食を注文した。
定食は相当量が多そうに見えたが、彼は「意外と多くない」とか言いながら料理を平らげていく。
彼と一緒にいるようになって気づいたのだが、私は男の人が料理をおいしそうに食べている姿が好きみたいだ。

沈黙が訪れる。

「あのさ、私最近ペアーズやってるんだよね」
君に振られたからね、までは言えなかった。

「ほう」
彼はあまり感情を顔に出さない人である。
しかし、微妙な声色の変化で、この話題が彼の興味を惹いたことが分かった。

「3人くらい会ったんだけどさ、全然いい人いなくて」

「ほーん、それでそれで?」
いつのまにか、彼は私のグラスに水を継ぎ足している。

「この前会った人とかさ、第一印象はいい感じだったんだけどさ、話すごいつまんなくって」

そこから私は、ペアーズで会った男たちの誹謗中傷を彼にまくし立てた。

「○○はさあ、マッチングアプリやったことあるの?」
「あるよ、俺有名どころはだいたいやったよ」
「ま!?どのアプリがおすすめとかある?」
「別にないよ。作ろうと思えばどのアプリでだって彼女はできる」
「なるほど・・・」
私は妙に納得した。

「ペアーズやってるとさ、気持ちの浮き沈みがすごいんだよね。
会う前はさ、いい人に出会えるかもってちょっとは期待するじゃん。
それで期待が外れると、このまま一生自分はいい人に巡り合えないんじゃないかって思って落ち込む。
いい人に会えないのは、自分に問題があるんじゃないかって思い悩んで、
立ち直って新しい人探そーって気持ちになるまで3日くらいかかるんだよね」

「自分が悪いって、思わなくていいと思うよ。
俺の体感、アプリで会う人はだいたいどっか変なやつ。
そんなもんだ、って割り切ってどんどん次にいくのがいいんじゃない。
たまには掘り出し物がいるよ、俺みたいなさ」
彼は表情を変えずにちょける。

「どうせ、飯おごってもらえるんでしょ。
会った人がハズレだったとしても、飯代が浮いたって考えれば、まあいっかって思えるんじゃない」
「でもさーちょっと相手に申し訳なくない?」
「別にいいじゃん、おごるって言ってるんでしょ。おごらせときなよ」
「まあそれはそうだけど」

それから彼は、私の愚痴を聞きつつ色々なアドバイスをくれた。
彼の言葉はシンプルで、だからこそ力強い。

「また進捗あったら連絡してよ。俺マッチングアプリなら結構やってたからさ」
そして我々は店を出た。

久しぶりに会った彼は、少し雰囲気が変わっていた。

私の知っている彼は、少々長めのモラトリアムを満喫している、いつまでも大学生のような奴だった。
しかし、今日の彼は、まず髭を生やしていた。
そして、転職を考えている話をしていた。
ここから数年は、人生の過渡期になるだろうと言っていた。
彼は、ついに大人になろうとしているのかもしれない。

大人になろうと決心することは、素晴らしいことだと私は思う。
彼の心境の変化を、私は推し量ることしかできないが、祝福したいと素直に思った。

なぜ彼のことが好きだったのか、突き詰めて考えてみると、結局彼が私の欲しいものをたくさんくれたから、に尽きると思う。
彼は私に「愛のようなもの」をたくさん注いでくれた。
果たして、彼に愛があったのかは分からない。
しかし私は、それを愛だと思った。

人は永遠に他人を手に入れることはできない。
ただ、他人を通して、自分を手に入れることはできる。
だから人は恋をしたいと思うのではないでしょうか。
少なくとも、私はそうです。

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