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六月の黒麦酒


梅雨前の夕刻の風や暮れ残る残紅、あるいは早朝の光。
「ふぁっ」と、満足な笑みを誰もがうかべる。
幸せなひと時だ。

田に水が入り、ホタルが舞いだす、もうすぐ6月。
夕暮れ時、急いでツバメが飛びまわり、子燕を親ツバメが「もう帰るのよ、帰るのよ」とばかりに追い立てて行く。7時を過ぎてさわやかな風とともに夜の帳が下りてくる。
早朝、外に出てみると、何もかもが日々生まれ変わるのではないか、そのように錯覚するのは、東の空からきらめく光のせいだ。6月は光と風のベストシーズンだ。
6月と云う、詩がある。

6月   茨木のり子

どこかに美しい村はないか  
一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠をおき  
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか  
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮れは  
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人の力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる

6月をこんな風に描けたら、そう思う。

詩や歌は作者の手を離れると独り歩きするのが常で、小難しい解釈はさて置き、「一日の仕事の終わりに、男も女も一杯の黒麦酒のジョッキをかたむける」が、初夏の幸せな風景として浮かぶ、それだけでいい。
「ビール」ではなく「黒麦酒」と書いているから、よりいいのだ。
老いも若きも、男も女も、土を手にし額に汗した人、パソコンをにらんでいた君、悩んでいる貴方、急いでいる政治家、笑顔の母、満員電車に揺られる父さん、みんな籠やペンや鍬やパソコンやスマホを手放し、すみれいろした夕暮れ時に、黒麦酒を飲もうではないか。

お先に、失礼
うまいよぉ BEER


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