美容室の怪⑧

最初に美容院【ハリセーヌ】に訪れてから、約10ヶ月は経つだろうか。

その間に、わたしは、牛丼屋のアルバイトをやめ、知り合いからの紹介で、大手広告代理店の受付業務に従事することになった。

今はまだ派遣社員だが、正社員登用も視野に入れて、真面目にコツコツ働いている。

ダメ人間の彼氏とも別れ、ある程度のお給料をもらえるようになり、一時のひどい貧乏から脱却したのにもかかわらず、まだわたしは、あの美容室でハリセンで叩かれていた。

年配の鈴木さんは相変わらず、よく喋りまくりボンバーで、景気良く人の頭をハリセンでしばきまくった。

わたしより少し上ぐらいに見える白田さんも、相変わらずぶっきらぼうで、「はい、終わりーっ!」というセリフの時以外に声を出しているところを見たことがない。

わたしが、まだ通い続けていたのは、もちろん、洋子に話をしたあの二つの条件のうち、まだどちらも満たされていないからである。

そして、突然、“その日”はやってきた。

朝から大雨だった。

わたしは、なんとも言えない厳かな気持ちで、前日に予約した美容院【ハリセーヌ】へ向かった。

わたしの中で、大雨は、頭の中でずっと降っているような不思議な感覚だった。ザザア〜ッという音がずっと鳴っていた。

最後にわたしをカットしてくれたのは、陽気な鈴木さんのほうだった。

ザザア〜ッという頭の中の音が突然止まったような気がした時、すでに“それ”は終わっていた。

きっと、これが【ハリセーヌ】の最後の訪問になるのに、わたしは、ハリセンの感触を覚えていなかった。

ただ、頭の中の雨の音がピタリとやんだのである。

わたしは、ハリセンの感触を思い出そうとしながら、思い出せないでいた。
不思議な寂しさを感じながら、わたしは外へ出た。

……


あざ笑うかのような快晴だった。


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