56 順風満帆
56【順風満帆】
僕のピン芸人としてのスタートは順調だった。最初からウケまくっていた。
お断りした通り、誰の名前も出さないが、もともとピン芸人をしている先輩などと舞台に出ても、当たり負けしなかった。
当たり負けしないどころの騒ぎではない。凄まじくウケていた。
よしもとのオーディションを、さかなDVDとしてではなく、ハクション中西として受けはじめ、また、ネタバトルの螺旋に足を踏み入れることになる。
運命などという陳腐な発想は僕にはなかったはずだが、ピンであまりにもウケるものだから、「僕はさかなDVDをやるためではなく、ピン芸人としてやるためのすべては壮大なフリだったのだ」ぐらいに思い込んでいた。
多分、根っこがイタイのかもしれない(笑)。
それくらいノリに乗っていた。
ただ、その時、僕はなんというか、ヤケクソだったのかもしれない。花岡が好きなドラゴンボールでたとえさせてもらおう。
界王拳を常に使っていたような状態だったのかもしれないのだ。
界王拳は功を奏し、プチのメンバーにまでは、またピン芸人として、上がっていったのである。
しかし、やはり劇場での戦いは疲弊する。
そして、さかなDVDとは違い、僕は人気があったコンビの中で、人気がないほうのオッサンなのである。
オッサンのほうが残り、孤軍奮闘していた。
当然、ワーキャーの人気はあるはずもない。
やはり、ネタバトルは厳しくなっていった。
すぐに落ちて、また上がろうとする。
僕はもう昔の自分ではない。さまざまな経験を花岡とさせてもらったあとの自分である。
結果が駄目だろうが、ネタをやりまくるという繰り返しである。人気がないのは仕方ない。票が入りづらいのは仕方ない。
人気があって実力以上に票が集まっていた、さかなDVDの初期の時代に、結果を出せていない自分が悪い。
素直に本気で思っていた。
でも、そう思っていたはずなのに、疲弊して追い込まれていたのは、界王拳の反動なのか、はたまた相方がいない寂しさから来るものだったのだろうか。
僕は使ってはいけない界王拳を、二倍の界王拳から三倍にあげてしまった。
「R1グランプリで優勝する」
いつしかこう豪語するようになった。
昔のような、イタさからではない。
僕は、自分のプライドの高さをも、克服したつもりでいた。いや、しようとしていた。
人にイタいと思われても良いから、R1グランプリで結果を出したかったのだ。
当時やっていたブログに、僕は毎日鏡の前で「お前はR1グランプリで優勝する」と自分に催眠をかけている、と書いた。
それも何度も書いた。
そして、実際に僕は鏡を見るたびに、自分に暗示をかけた。
ネット弁慶ではなく、ピン芸人たちとの集まりの時にでも「俺は優勝するから」とほざいた。
若くてイタかった頃とやってることは同じだが、僕の中では違った。昔は馬鹿にされるのが怖かったが、この時は馬鹿にされるのがわかっていたけれど、自分にプレッシャーをかけるつもりでやっていた。
事実、ちょっと引かれてることも感じた(笑)。
しかし、これは界王拳三倍なのだ。
すべてがR1グランプリで優勝するためのフリである。
僕は、さかなDVDというコンビの解散が本当に運命的にも、ピン芸人としてウケまくるための壮大なフリだと思っていた。
そして、人気はともかく、ピン芸人としてこんなにスタートダッシュが決まることも、すべてはR1グランプリで結果を出すための壮大なフリに思えた。
思い込もうとしていた。
そして、R1グランプリの予選が始まった。
僕は一回戦で惨敗したのである。
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