美容室の怪13
「とりあえず、一ヶ月間、何もなかったわけやから、もう安心したらええと思うよ(笑)?冷静に考えてみて?」
洋子のいつものおどけた口調にわたしもつられて笑う。
そうである。
客の頭をハリセンで叩く美容院は、たしかに少しおかしい。
しかし、ハリセンで叩くのを忘れたからといって、執拗に追いかけるなんて、狂っている。そんな人がいるわけがない。
一ヶ月間、何もなかったのだから。
わたしは、親しき仲とは言え、洋子にお茶も出していないことに気づいた。
「あ、ごめん、洋子。お茶出すね」
「おそっ(笑)。ちょうどええわ!お土産あるの、ウチも出すの忘れてた」
洋子が、お土産のお菓子を広げている間に、わたしはお茶を淹れた。
「このお菓子うまっ!!なんなん、これ!」
「ウチもなんか知らんねん。友達からもろてん」
「なんやそれ(笑)」
わたしは、洋子と一緒にいるだけで、あの美容院に行く前の自分に戻れたような気がしていた。
そんな、ふわりふわりとした気持ちは、口の中に広がっていき、満ち足りた気分だった。
表で遠くのほうのバイクの音がする。音が新鮮に聞こえるのも、目の前にいる洋子のおかげだろう。
洋子といると、音は“音”を取り戻し、味は“味”を取り戻した。
バイクの音がどんどん大きくなる。
洋子が窓の方向へと立ち上がる。
「暴走族やな、いまどき。うるさいのお!どっかいけよ、しょーもない。ん?あ、あれ…」
何か言い淀んだ洋子の様子に違和感を感じ、わたしは、窓の外を見た。
暴走族のバイク8台ほどが、わたしの家の前で、止まった。
最前列の若者の後ろから、女が一人降りた。
その女を一人残して、また暴走族のバイク8台は、ブンブブブブーンと爆音を鳴らし、去っていった。
ハリセンを片手に持った鈴木さんを残して。
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