61 変な場所

61【変な場所】

僧侶と僕は、お洒落なお店を出て、さらに違う場所へと向かった。

僕が「どこ向かってるんですか」と聞いても僧侶は答えない。

着いた。

僕が連れて行ってもらった変な場所。

そこでは、なぜか、女の人がハダカになって、天井から地面までつづく銀色のポールにからみつき、クネクネとダンスを踊っていた。

「どうして、あの女の人は服を着ないの?」とお母さんに聞きたいと思った。

そして、なんだか、おしっこをするだけのために、ついてあるはずの僕のおちんちんが、なんだか、おかしいんだ。

なんて変な場所だ!

思うか!
そんなもん!ストリップじゃ!
要するに!

そうなのである。僕が僧侶と待ち合わせをしてから第一声で「どこの風俗に連れてってくれますのん?」などと言うものだから、こんなところに連れてきてくれたのだ。

読者諸君、あれは竜宮城であった。

風俗よりも、上品であり、貴族の宴のような感じである。

僧侶はその日、お金を湯水のように使い、僕におごりにおごりまくり、すっかり朝になるころには、とどめのラーメンまでおごってくれた。

一日で5〜6万円使ったのではないだろうか。

もちろん僕は何度も僕もちょっとは出しますと言ったが、その日、結局一銭も出させてくれなかった。

内心、この人はお金持ちなんだと思ってきたので、後半はありがたくおごってもらっていた。

体調の悪さもいつのまにか吹き飛んでおり、その日は楽しむだけ楽しんだ。

帰りにふと思った。

芸人を辞めたことをついに一言も言ってないまま別れてしまったなあ。

序盤のお洒落なお店で飲んでいた時に僧侶が言っていた言葉が後からボディーブローのように効いてくる。

【この世界は自分のためではなく、人のためにやるんやで。恩返しのためにやるんや】

こんなに一晩でお金を使わせて、俺はこの人に恩返しもせずにこの世界を辞めていいのだろうか。

この世界を辞める人間に、こんなにお金を使うだろうか。

お金というと、味気ないが、要はそれだけの心意気なわけである。きっと僕が芸人を辞めても、「あの時、それならあんなに奢らなければ良かった」などと思うような僧侶ではない。

しかし、こちら側の景色は別だ。

恩返しのためにやる。人のためにやる。

別の言葉も浮かぶ。

お前にしか救えない人がいる。

僕はあっさり芸人引退を撤回した。

色んな人に恩返しをしなければいけない。

後からわかった話が二つある。

ひとつは、この僧侶は百万近い借金があり、夜中の肉体労働をしながら芸人を続けていること。

僕ごとき、実家でのらりくらりとやっている芸人に、なぜそこまでするのかという理由がわからない。

その理由というのが、後からわかった二つ目の話である。

僧侶からあとで直接、聞いた話。

実は色んな芸人が「中西を救ってやってください。あいつは辞めてはいけない人間です」と僧侶に話をしていたのだという。

電話をしてくれた先輩や同期などを含む、読者みなさんが名前を聞いたら知っている可能性も高い、劇場レベルでは、そうそうたるメンバーである。

僕は、電話をしてくれた芸人以外には、辞めるなど、微塵も言っていないのに、どうして裏でそんなこたになっていたのだろう。

そんなこととは、全く知らなかった。

ありがたい話である。

ますます、辞められない。

人のためにやろうなんて、僕ごときがおこがましいけれど、勝手な使命感を持ち、自分にしかできないネタをやろうと、それまで以上に意識した。

現在までそれは続いている。


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