美容室の怪⑦
洋子とわたしは、またいつもの喫茶店で話をしていた。
「わたし、あれを見た時は本当にびっくりしたわ!」
わたしの先日の貴婦人の話を聞いて洋子も少し驚いたようである。
「あのさ、ウチが紹介したので、ちょっと申し訳ない気持ちになってきたわ。もう、はしもっちゃん、行くんやめたら?あそこの美容院。ウチも安いからずっと行ってたけどさ、やっぱり、ハリセンで自分の頭をどつかれるの、慣れへんし、同じぐらいの腕で、3500円のカットのとこあるよ?ウチはそこにしてるねん」
わたしは、迷いながらも答えた。
「うん。でも、1800円でシャンプーとカットまでしてくれるんは、でかいかな、やっぱり。だって、その3500円のとこってさ、腕が仮に同じやとしたらさ、差額の1700円を支払って、ハリセンで叩かれないで済むってことやん?」
「そんな計算、変じゃない?」
「変?どこが?」
「だって、はしもっちゃんの計算の仕方やとさ、もうハリセンで頭をどつかれるのが普通の世界に生きてるやん」
「普通じゃないよ。もちろん。でも、わざわざ『1700円払うから、ハリセンで叩かないでください。おねげえですだ〜』って言うほど、ハリセンがイヤかって考えてみたんよ」
洋子は悲しい顔をしてわたしを見つめた。
聞かれないようにと工夫したため息を一つついたあと、こう繋いだ。
「はしもっちゃん、ハリセンで客の頭を叩いてくる美容院は、異常やって。1700円の差額がハリセンで叩かれない代金とか、言うてる時点で、はしもっちゃんはそっち側の人間になってるんやで(笑)」
わたしは、吹き出した。
「いや、わかってるって(笑)。めっちゃ変な美容院やってことぐらい。でもさ、ウチ、貧乏やねん。なんか決定打がないと、やめにくいねん」
「決定打がハリセンやねん!普通は(笑)」
わたしは、ケラケラと笑った。
洋子と話をしていると、本当に楽しい。
学生時代から、お互いの恋愛話、好きな少女マンガの話、なんでも笑いながら話をしてきた。
大阪人特有のボケとツッコミが、本当に気持ちよくて、一生の友達だなんて、約束しなくても一生の友達なのだ。
洋子が笑いながらも、本気で心配してくれてることを察したわたしは、真面目な顔つきになった。
「いや、真面目な話、自分の中で、何個か決めてるねん。あの美容院に行かなくなる決定打を」
「どういうこと?」
「二つあってさ。一つが、客がキレてるのを一回でも見たら、そこで、この物語は終わりにしようかなって思ってて」
「あはは。いや、気持ちはわかるけど(笑)!もうひとつは?」
「もうひとつはね。なんかわからへんねんけど、あの美容院を出た時、毎回、いちびってるんちゃうか?って思うぐらいええ天気やねん」
「そうなん?」
「うん、たまたまやろけどさ。美容院入った時に、小雨が降ってた時でも、出る時やんでるんよ。せやから、美容院から出た時に、雨が降ってたら、もう行くのやめようかなと」
「どんな願かけやねん(笑)」
「願かけって、使い方合ってる?」
「知らん(笑)。違う気がしてきた」
わたしと洋子は、またケラケラと二人で笑いあった。
冗談のようだが、わたしの中でこの二つは、真剣だった。
洋子の言う通り、やっぱり美容院【ハリセーヌ】は変である。深入りしてはいけない。
客がキレるのを目撃するか、または、ハリセーヌを出た時に雨が降っていたら、もう行くのをやめよう。
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