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WKW4Kに沈められた季節

2022年の秋冬、恋愛にまつわる作品にどっぷり浸かっていた。水面に揺れる陽光を、水中からうっとり仰ぎ見るように、深く深く浸かっていた。美しい湖の底で静かに溺れるような体験だった。




◆あの夏のWKW4K◆


事の始まりはあの夏。
観測史上最高に暑かったと言われた2022年の夏。
ウォン・カーウァイ作品の4K上映が始まった。

「天使の涙」
「恋する惑星」
「ブエノスアイレス」
「花様年華」
「2046」


WKW4Kという名目で4K化された以上の5作品が全国順次公開された。






◆あの夏のわたし◆


あの夏は、とてつもなく疲弊していた。
コロナ禍に突入してから3年。
当時接種が推められていたワクチンの効果をすり抜けてしまう新しい株が流行り始めており、勤めている介護施設では何人もの方が亡くなられた。あの夏だけでコロナ禍に突入してから最多の人数だった。(※新型コロナウイルスへの罹患が亡くなられた直接的な原因だった方もいますが、持病や年齢から元々体力がなく感染は間接的な要因だった方も多くいました)

冷房が意味を成さないほど暑い防護具を日に何度も着脱し、亡くなられた方々を悼む間もなく御家族のグリーフケアも出来ず、自分たちも罹患しては上司達が苦労してシフトを組み替え、日々増える陽性者の対応をしていた。
とはいえ、あの夏の多忙を事細かに語りたいわけではない。

疲弊していたが、逃げたいとは思わなかった。
ただ、全く違う何かに没頭する時間が欲しかった。



◆WKW4Kとわたし◆


そこに長年活動を追っているバンドドレスコーズの新アルバム「戀愛大全」の情報と、ウォン・カーウァイWKW4Kの情報が舞い込んで来た。

ウォン・カーウァイ作品は、子どもの頃に「天使の涙」「恋する惑星」をレンタルか何かで見たきりだ。
きりりとした眉の美男と色白で目元の涼しい美女が出てくる画面がお洒落で色鮮やかな映画というイメージと、パイナップルの缶詰を食べるシーンがあった金城武はパイナップルが苦手で実は桃の缶詰を食べていたといういつどこで知ったのか分からない情報だけを持っていた。

うろ覚えの美しさと、暗くて目映いネオンカラーが美しいドレスコーズの新しいヴィジュアルに何となく通じるものを感じつつ、今現実を忘れて没頭するのにこんなに都合の良いものが他にあろうかと、観に行くことを決めた。

映画館の大画面と整備された音響の、最高に没入出来る環境で見るウォン・カーウァイの映画はそれはもう美しかった。

役者陣の美しさ、当時の夜の街が持つ闇とネオンの美しさ、建物の造りや調度品や画角が作り出す画の美しさ、人と人の距離感、会話が生み出す関係の距離感、様々な美しさが映し出される。
そして、登場人物達の間には高温で高密度の感情が煌めいているように感じられた。

ぼんやりした頭で映画館を出て、ある時はぬるい小雨が降る薄明るい夕方を、ある時は車のランプや街の灯りが喧しくなる夜の道を歩いて帰った。
人々の生活の匂いと街の匂いがした。
それはとても心地が良かった。

生活に色彩や温度が戻ってきたのだった。生活に潤いが、と言うのは少々物足りない。五感が蘇ったかのよう。まるで劇的だった。
胸が苦しかった。
「夢中になる」ことを「溺れる」と最初に表現した人は誰なのだろう。
恋にまつわる創作物に耽溺する日々が始まった。



◆WKW4Kがもたらしたもの◆



当初の、ウォン・カーウァイ作品とドレスコーズのヴィジュアルに対する直感は間違っていなかったらしい。ドレスコーズの「戀愛大全」1曲目「ナイトクロールライダー」「恋する惑星」主題歌のパロディで、本人もインタビューで明らかにしていた。
(添付記事2ページ目前半に該当する発言あり)


WKW4Kを堪能した後の溺れっぷりを羅列してみる。

10月にはドレスコーズ「戀愛大全」が発売、それに伴うライブツアーが開幕。
11月にはツアーファイナル。
12月には恒例となる恵比寿でのクリスマスライブ。
今までならば、ツアーは1本しか参加しなかったのに2本参加してしまった。

10月から12月の同時期「線と言葉 楠本まきの仕事展」が弥生美術館で開催されていた。見に行ったきっかけは好きなミュージシャンとカメラマンがファンだったから。楠本まき作品について全くの未知だった。
しかし、すっかりずぶずぶな恋愛脳になっていた私は、展示のメインである「KISSXXXX」をはじめとした彼女の作品に大いにハマった。会期中度々差し替えられる原画を見たくて、地方から都内へ毎月のように通い、結果4回足を運んだ。
撮影可能の展示品が幾つかあり、今でもスマホのカメラロールは大変なことになっている。
(美術館公式もありますが、作品を見てほしいため写真がより多いナタリーの記事を下記に添付しました)



あの夏からクリスマスまで、苦しくて甘い水底でずっと溺れていた。
何もかもがどこかぼんやりして、けれどネオンのように鮮やかに感じた。眩い衣装ときらめく音像のライブパフォーマンスにぞっこんだった。均一な線が、練られた画面構成が、かめのちゃんとカノンのことが大好きになった。美しいものをただ美しいと純粋に見とれて夢中になった。

すべてはWKW4Kが私を水底へ引きずり込んで体験させた、濃密な恋の季節だった。

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