あんな朝は一度きり(であってほしいと希望を込めて)。
ホームステイというと、どんなイメージがあるだろうか。数週間から数ヶ月、現地の文化や生活を肌で体感すること。日本語がほぼ通じない環境でコミュニケーションを通じて外国語を更に深く知ること。色んな学びを得られる体験だと思います。
これは、高校1年生だった私が体験したホームステイでの出来事です。
うんと昔の話なので、曖昧で、もしかしたら事実と異なる点や、個人情報を伏せるためあえて分かりにくくなっている点があることをご了承ください。
私が通っていたのは進学校でもなんでもない普通の公立校だったのだけど、学校の主催でホームステイの募集がありました。毎年のことではなく、次があるかも分からない。こんな機会はそうそうないだろう。何と頼んだのかも覚えていないし親が許可してくれた理由も分かりませんが、ともかくその年の夏、およそ10日間をオーストラリアで過ごしました。
いや、夏じゃなかったかもしれない。でも向こうでは長袖を着てたはずだからおそらく日本は夏だったはずです。(既にうろ覚え)
ホストファミリーとの顔合わせをしたらまだ幼いと思っていた姉妹が聞いていた年齢より二つも上で動揺したり、滞在先の学校で同級生が下ネタの和訳を尋ねてくる男子学生に困って先生から注意してもらったり、ホストファミリーとどこかに買い物に出かけたりなんという名前だったか動物園に行ったり、他のホストファミリーや学生たちと皆でバーベキューをしたり、最終日は皆で持参した浴衣を着て何をやったんだっけな…ともかく何かしら別れの挨拶をしたり、色々なことがありました。
本当に様々なことがうろ覚えで申し訳ない。
そんな中、ただひとつ明確に覚えていることがあります。ステイ先の家で目覚めた最初の朝のことです。
ホストファミリーと顔合わせをしたら、まだローティーンだと思っていた姉妹がしっかり思春期真っ只中のお年頃で動揺したのは先に述べた通り。
ちなみに、祖母、父、母、姉妹の5人家族でした。
ここではそれぞれグランマ、パパさん、ママさん、姉妹と呼ぶこととします。
その日は別のホストファミリーと合同で、夕食にアジア系のレストランへ行きました。相手はたまたま同級生とそのホストファミリーだったので、同級生がほとんど英語ができないということを除けば少し気が楽でした(同級生は電子辞書を駆使してコミュニケーションを取ることが出来ていましたが、この日から最終日まで何度も交流があり、その時に限り同級生とホストファミリーの間で軽い通訳役を担った覚えがあります)。少しの安心と緊張と、移動の疲れもあったのか、私はそこで吐いてしまいました。初日から何たる失態。
背中をさすりながらアレルギーがあるのか訊いてくれるママさんに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。アレルギーはない、ごめんなさい、とひたすら謝っていた覚えがあります。思い過ごしかもしれないけれど姉妹が引いている気配を感じて、もう何も考えたくなくなっていました。
この時食べていた中華丼がめちゃくちゃ薄味かつ何味か分からない味付けだったことは吐いたことと関係ありませんが、よく覚えています。
それ以上体調を崩すことはなく、家に着く頃にはすっかり落ち着いていて、部屋を案内してもらい、お風呂を借りてしっかり寝ました。
我ながら図太い神経をしていると思います。
初めての飛行機、初めての海外、初めてのホームステイ、顔合わせ初日から失態。これ以上衝撃的な出来事が起きるなんて思いもよりませんでした。
朝起きて、ダイニングに行くとグランマとママさん、姉妹が神妙な顔をしていました。それぞれ朝の身支度も済ませていて、挨拶をする私に笑顔を見せてくれますがなんだか変な雰囲気です。まぁ、昨日目の前で吐いてるしな…距離感測りかねるよな…と思っていたら、そういう訳ではなかったようです。
車が盗まれていました。ダイニングに置いていたバッグも盗まれていたそうです。
そう教えてくれたママさんに、え?という顔でろくに返事も出来なかったような気がします。え?と聞き返す他にどんな反応が出来たでしょうか。
話を聞いていると、飼っているパグが一生懸命パパさんママさんの寝室のドアをカリカリしたらしいんですがスルーしてしまい泥棒には全く気付かなかったそうです。
話している内容は理解出来るものの、この事態に頭がついていきませんでした。
その日はパパさんが手配した代車で学校へ送ってもらいました。この時に、盗まれた車は2日前に納車したばかりだったと聞きました。なるほど確かに昨日乗った車は内装がめちゃくちゃキレイだったな、ハイテクな雰囲気だったな…なんてやんわり思い出しながらパパさんの話に色々返事をしていたら、夜にその話題でパパさんVS姉妹の口喧嘩が勃発するんですがそれはさておき。
驚きのあまり思考が停止していたのか、見知らぬ土地でいっぱいいっぱいでそれどころじゃなかったのか、この盗難事件を私は誰にも言いませんでした。
教員や学友からも特に触れられなかったので、ホストファミリーから何か伝達があった訳でもなかったようです。流石に知っていたら私に何かしら尋ねてきそうなものです。もしかしたらホストファミリーの間では話題にしたかもしれませんが。
その後も、スーパーで買ってくれた缶の味噌汁が味噌ひとつまみしか入ってないんじゃないかくらいの薄味でもう二度と飲まんと決意したり、姉の彼氏(ホストファミリーとの顔合わせの日に紹介されていた)がスポーツの試合で大怪我をして姉を友人達が慰める会が開かれたり、ニヤニヤしながら勧められたベジマイト(独特な風味で有名なパンに塗るペースト状の発酵食品)に悶絶したり色々忙しかったので、事件のことをきちんと消化しないまま日々が過ぎてしまいました。
また、家に電話する?してもいいよ、と聞かれたことがありましたが、別に滞在中に話したいこともないしな、ホームシックもないし…と一度も家族に連絡をすることはありませんでした。
帰国して、しばらく時間が流れてから車の件について親に話しましたが「びっくりだよねw」とあくまで笑い話として伝えた記憶があります。
でもよく考えてほしい。
納車したばかりの新車が盗まれたということは、下調べがされていたかもしれないということ。
ダイニングのバッグが盗まれても気付かれなかったほど、家の中にも容易く侵入されてしまっていたということ。
泥棒だったからまだしも、これが強盗だったら死傷者が出てもおかしくなかったこと。
それが自分だったかもしれないこと。
あと、ドアをカリカリして泥棒のことを教えようとしていたワンちゃんが無事で良かったですよね。
そう、事件なんですよ。全然笑えないんですよ。楽観も大事ですが時と場合があります。話した当時、親も「えーw」と笑っていたので、この親にしてこの子ありという言葉の通りで困ったものです。
さて、そんなホームステイを経て何を学んだか?
多少は英語のリスニング力が上がったのか、高校1年の間ずっと担任から毎回受けるよう言われていた英語検定にトントン拍子で準2級までは合格します。ただし2級は面接で落ちてそれきりです。筆記は問題なかったのですが、カードの絵柄について質疑応答する面接試験で、カードの絵柄に関連のない質問をされて聞き間違いかと思って聞き返したらやっぱり関連がなくて(カードには人間しか描かれてないのに、鳥は何羽いて何してますかみたいな質問だった)、はぁ?と考えている内に時間切れ。あれは問題がおかしかったのか、その質問の答えはこのカードにはないですって言えばよかったのか…。
うんと昔のことなので全ては闇の中。臨機応変さが足りていなかったなと思います。しかし今やるなら英語検定じゃなくてTOEICの勉強をしたい。
なんにせよ、もう中学英語すら怪しい。
閑話休題。話がそれました。
今でもリスニングに関してはオーストラリアに行ってよかったなぁと思ってはいるものの、何を学んだかきちんと振り返ることをせず、もったいないことをしていたわけです。
もったいないというか、危なかったんだから!
ホームステイ先での盗難とか強盗とか、そういう事件に関して自衛できることって少ないんじゃないかと思います。けれど、こういうことがあったんだよ、と同じ境遇にある学友や教員に伝えて共有することはとても大事なのではないでしょうか。当然のこととして、防犯意識の確認やリスクマネジメントは大切です。繰り返しますが、当然のことです。
結果、当時の私はあまり学びを得ないまま、だいぶ時を経た今やっと、こうしてひとつの気付きに繋がりました。
オーストラリアの大地を共にした学友たちや教員とはもう連絡を取っていないけれども、ここでこっそり謝らせてほしい。あの時私のステイ先ではこんなことがあったんですよ。言わなくてごめんなさい。英語能力は活かさないまますっかり落ちてしまったけれど、元気に生きています。
ある夜一緒にTVを観ていたパパさんが、すぐ拳銃を出してドンパチやる映画あんまり好きじゃないんだよねって話していたことも、朝のんびりコーヒーを飲みながらグランマとお喋りしたことも、お出かけ前におしゃれしたママさんにキレイって褒めたらガチで照れてたことも、お別れ前に名前に漢字で当て字をして書いた色紙をプレゼントしたら大興奮でどんな意味!?教えて!って嬉しそうだった姉妹の様子も、たぶんこの先ずっとうっすら覚えているんだと思います。
けれど、中でもホームステイ早々に新車が盗まれて家にも侵入されたこの出来事は忘れようにも忘れられずに記憶に残り続ける気がします。
海外での特異な体験というのは様々あることでしょう。同じような経験をした方ももっと劇的な体験をした方も、大勢いらっしゃることでしょう。しかしここで私が忘れないようにしておきたいのは、初めてのホームステイでも車の盗難でも英語検定のことでもなく、誰にも何も言わなかったという自分の行動です。何かあったらちゃんと言おうね!?自分やみんなを守ろうね!?ということです。
生きて帰ってこれて良かった…!
あれから盗まれた車はどうなったのか?犯人は捕まったのか?全ては知る由もなく知ろうとも思いませんが、ホストファミリーが同じような被害に遭わずみな無事に元気でいてくれること祈っています。
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