フレンチレストラン〜後編〜

男は彼女がデザートまで食べ終え、食後のコーヒーを飲んでいるのを確かめると、

「美味しかったね、今日はありがとう。
そろそろ出ようか」と優しく声を掛けた。

彼女は、そうねと言わんばかりの澄ました顔で静かに頷いた。

「お会計はこちらでございます」と案内された伝票には、14000円と書かれていた。
流石高級フレンチ。味と景色が確約されているに相応しい値段だ。

「僕が誘ったし、ここは払うよ」と言い、男は下ろし立ての2万円を現金で伝票に挟んでウェイトレスに渡した。

するとそれを見た彼女は、
「カードじゃないの?」と一言。

しまった。そこはカードだったかと少し焦った彼だったが、この女性が彼に相応しくないのは誰がどう見ても明らかである。

自分の見た目やステータス、満足感にしか興味がない彼女と、終始彼女を楽しませようと優しく振る舞った彼。二人だけがこのレストランでぽつんと浮いているようにも見えた。

時刻は22時を過ぎた。
23時閉店のこの店には記念日や大切な日を過ごす家族やカップルでまだ賑わっていたが、もう既にそこに二人の姿はなかった。


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さて、時は過ぎ、3ヶ月後。
季節は変わり初夏となった。東京の夏は熱風が吹き、湿度が恐ろしく高い。渋谷には手に小さな扇風機を持った若者たちで溢れかえっていて、乗り換えプランを勧める携帯会社のCMが炎天下の中大きな電光掲示板にギラギラと映し出されている。

こんなにも暑い日の中、男は渋谷のラーメン屋でラーメンを食べていた。そう3ヶ月前フレンチレストランを予約した彼である。この間オープンしたばかりの太麺が売りの小さな中華そば屋だった。

「これめっちゃおいしいね、わざわざ来た甲斐あったね。いやでも相当暑いけど笑」といつも通りの優しい声。

声を掛けた先には、
気取らない自然な笑顔がかわいい女の子がちょこんと座っている。

「ほんとだね、でも暑いけど美味しいよ。
一緒に来れて良かった」と彼女は微笑んだ。

「食べ終わったら、どこに行こうか。涼しい所探そう」

もうすぐ店を出るようだ。

映えた写真も、クレジットカードで払う光景もそこにはない。けれども、彼女は既に優しい彼でよく満たされていた。

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