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色のある風景 赤く回転する頭


 直太朗の頭はさっきからある問題のためにずっと高速で回転していた。
 すると気分が悪くなったので書斎の床へ仰向けになった。
 心臓がとくとくと脈打っている。

「先生、如何しました?具合でも悪いんですか?」
そこへ書生の島田がひょいと顔を出した。
「うん、ちょっと心持が悪くてね」
「医者でも呼びましょうか」
「いや、何それ程の事でもないさ」
「そうですか。私はちょっと出掛けてきますよ」
そう言って島田は出て行った。


 それから暫くすると玄関口の方で人を呼ぶ声がする。直太朗は息を潜めて出ようか居留守を使おうか迷った。
すると島田の声がした。戻って来たようだ。
「いやこれはどうもご苦労様です。何か御用で?」
「実は広報を持ってきたのですが、生憎お留守のようでしたので」若い女の声だ。
「おかしいな。先生がいるはずなのに。さては先生、居留守を使ったな。どうもすいません。先生は非常に内気な性分で、人前に出られないんですよ。いい歳してねえ」
「あらそうなんですの。おほほほほ。ではごめん遊ばせ」
女は笑いながら帰って行った。
直太朗は三十二年の弱点を暴かれたようで大いに癪に障った。
呑気に玄関口から上がってきた島田を捕まえる。
「島田君。知らない人に余計な事を言わなくていい。それに丁度出ようとしてた処に君が来たんだ。邪推されちゃ困る」
「ありゃ聞こえてましたか。こりゃ失礼しました。しかし先生、少しは近所付き合いもしなくっちゃいけませんぜ」
直太朗はこれ以上口を聞くのも厭だったのでそれっきり書斎に引っ込んでしまった。


 直太朗の頭の中はさっきから高速で回転していた。
 やがてその頭は熱を帯びて火を吹き出した。
 このまま頭が回り続ければ畢竟狂うに違いない。
 どうせ狂うのだったら更に光速度で回転して、この世のあらゆることを考え尽くしてやろうと直太朗は心に決めた。



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