見出し画像

藤野千夜『じい散歩』を読んで   

94歳の父に悩む、50代の息子から人生相談AI「悩みのポスト」さんへ

 『じい散歩』主人公の父新平は94歳、母英子は91歳、私は兄弟三人の真ん中で、健二です。弟の雄三は「ケンネエ」と呼んでくれてる。わたし、長女のつもりです。相談したいのは、父のことです。
  3年前から認知が進んだ母は、父の昔の浮気を思い出し、夜中に泣き出したりして、責めてました。原因は父の日課の散歩なんですが、母は女に会いに行っていると疑ってて。
 父は歩くこと、歴史的建造物を観る事、レトロな喫茶店によることが好きで、生きがいなの。喫茶店で、ちょっといい子がいると声をかけるし。それを小説『じい散歩』に題材提供しちゃって、読者の昭和・散歩趣味人モデルコースになって評判いいみたい。
 きっと母は、ひとり散歩が日課の「エロじいさん」の、いそいそと行く姿に、嫉妬してたんでしょ。わたし、母の気持ちがわかる、母もよく話してくれる。ある夜なんか母の疑いが昂じて「エロじじい、ちんこ見せろ」って、パンツを引き下ろしたこともあったらしい。父のプライベートはみんな「秘密」で、「秘密の部屋」から「女」「訪問」「調査」「交際」なんて10個並べて材料提供。昔と今がごっちゃの秘密なんて、本人の思い込みもいいとこ。
 だからね、むかし父が私を連れて浮気相手の富子の所に行った時のことを母には言えなかった。父への執着が強い母は知ってたと思う。わたし、その女が大嫌いだった。きっと女は家族が怖くなったのよ。なのに、父は自分から元のさやに納まったなんて、勝手よね。
 母がいつまでも父を許さないのは、父が過去をなつかしむから。父はパイプカットと引き換えに、妻には指一本触れないと決心したって宣言してる。ひどい、女はいくつになっても好きな男に触れられないと性的不安定になるものなの。ほほに触る、頭なぜなぜでいいのに。
 父が散歩に母を誘えばよかったの。案の定、母を病院で診てもらい、父が予定をこまかく話したり、一緒に歩くようにして、母は落ち着いたんだから。そして一年半、母は急に倒れた。
 それを老衰だからこのまま死なせてやれなんて。私おどろいて、救急車を呼んでって叫んだ。で、なんとか命を守れた。そして介護の日々、父はひとりでやっている。
 でも、実家には、ひきこもり長男55歳とエロ写真販売の三男51歳が同居してる、あの二人に介護を手伝わせたい。父は母を「ママー」って呼んで、私のいう通り頭なぜなぜして、息子たちをあてにしないと言ってるけど、倒れたのを放置して死ぬのを待ってた。あの思い込みというか思いあがりを私は忘れない。母の為に、父と兄弟二人を、わたしはどうしていったらいいのでしょうか。

『じい散歩』双葉文庫2023年8月9日第一刷発行
続編『じい散歩 妻の反乱』単行本2023年10月
「妻の反乱」については誰の本音が書けるかな、おたのしみに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?