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三浦 英之『白い土地』を読んで

帰れない土地を作ったのは何故だろう

 「白地」(しろ・じ)とは、「帰還困難区域の中でも特定復興再生拠点区域以外のエリア」。「白地図に落とし込んだとき、そこには避難指示解除の予定日や除染の開始日が何も記されていないから」白い土地なのだという。つまり、政府の判断によって帰宅困難区域の中に除染して帰れる土地を作り、それ以外を「住民の居住の見通しがまったく立たないエリア」(13頁)に指定した。「白地」帰れない土地である。ここに、本書の視点は明白だ。

 地域の格差は行政によってつくられる。同じ大災害に遭遇したにも関わらず、行政の対応に天と地ほどの違いが生まれる。住民は知らぬ間に救いようのない現実に直面させられ、何故かと問うことも出来ないまま苦しみを引き受ける、運命であり、受難とも考えて。
 報道はその事実に切り込んで、住民が置かれているのは運命でもなく受難と諦めてよいものでもないことを明らかにしようとする。東日本大震災、福島原発事故について、多くの調査、分析、そして人々の物語が書かれた。なかでも、本書は土地の人間に焦点を絞って出色だ。2019年から朝日新聞記者として南相馬市に住み、書き続けた命の告発は詩情を帯び、哀しい響きがある。

「第1章夕凪の海」。大熊町沿岸部の木村紀夫は東日本大震災で父と妻、最愛の次女を亡くした。避難した白馬村から、7歳だった次女を探しに、毎週のように車で片道7時間の道のりを8年間通い続けた。長女は18歳になり、木村は一人福島県いわき市に移住、次女を探し続ける。あの時、捜し続けたかったが、大熊町全域避難指示に従わざるを得なかった。「俺は今でも妻と娘を見殺しにしたと思っています」と語る木村(22頁)。自宅があった場所は、放射性物質を含んだ汚染土を一時的に保管する「中間貯蔵施設」の予定地となった。木村は環境省への土地売却を拒んでいる。

「第5章ある町長の死1」。浪江町長、馬場有(たもつ)の口述筆記から、この街の悲劇が明らかになる。津波救助のさなかに知らされた原発の爆発事故と避難指示、そして「大量の放射性物質を含んだ雲(プルーム)が浪江町内を縦貫」し、町域全体が極度に汚染された。「国や福島県は事前に察知していたが、その情報は浪江町には伝えられず、町は結果的に―あるいは悲劇的に―町民をあえて被爆する危険性のある地域へと非難させてしまっていた。」(103頁)何という不条理だろう。この責任を町長にとらせようというのか。

 生き残ってしまったと感じる遺族は、この町長と同じく、拭い去りがたい自責の念にあえいでいる。それが、海と大地の呻きのように聞こえてくる。全11章に、帰れない土地、そこには青春、思い出、日々の着実な暮らし、命があった事が描かれている。
 還れない無策の「白地」。静かな怒りに涙がにじむ。「国策」という言葉が最後に残る。

『白い土地 ルポ福島「帰還困難地域」とその周辺』三浦英之 
 集英社文庫  2023年10月25日第1刷
 

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