見出し画像

認知症の 別の話


こんにちは♪

ふたつ前に 認知症には水の話を書きましたが

水とは別の話も思い出したので追記します


任期彼の息子(私が同棲を始めた時17歳)は

21歳で結婚したんです
年上の女性と 

子供ができたから 籍を入れたんですけど

しばらくして 可愛い赤ちゃんが生まれ
任侠彼にとっては初孫 女の子

それはそれは 可愛がり 
しょっちゅう遊びに行き 初節句には
20万円を超える 7段飾りのお雛様を
買ってあげて  

お嫁ちゃんからは 7段は邪魔だと🤣言われ

食事に行ったり 毎週でも会っていた気がする


そのお嫁ちゃんが Amebaブログをやっていて
たまたま 私も 同じサイトで以前からブログをやっていて

ブログの中の ハンネ(ハンドルネーム)でも
繋がり お互い 時々読んだり コメントを書いたりし合っていた


その お嫁ちゃんのブログ仲間に
私より 当時10歳くらい年下、30代の

ものすごく 愛に溢れるブロガーさんがいた
女の子を持つお母さんの育児日記だったが

とにかく 子育てに関する彼女の考え方は
筋が通っていて 理想✨通り お手本に
したくなるような 発想

まだ3歳に満たない子供を 1個人として
尊重して 自分の所有物みたいに扱わず
【彼女(娘)は こんな事を こんな風に
考えているんじゃないか?】と

【彼女】と呼んでいた気がする

否定をしない 間違っていても 【彼女】なりの
やり方を 一旦 認めてから でもお母さんは
こっちの方がいいと思うけどどうかな?

と、本人に考えさせるような

上手く文章にできない私がもどかしいけど
とにかく丁寧な育児 と言うのだろうか?

その女性の おばあちゃんが 認知症になった
施設に入っていたが 行くたびにに進行して
会いにいっても 孫である彼女の名前も
段々とわからなくなっていった

でも ひ孫にあたる【彼女】を連れて行くと
抱っこしてくれて それはそれは優しい
愛しい眼差しで 見つめてくれて

温かい時間が過ごせる と…

その彼女が こんな風にブログに書いていた



お別れが辛いから 

人は記憶を失くすのかも


 
楽しかった記憶 嬉しかった記憶
大好きだった人の記憶 愛された記憶

それらを 覚えたままじゃ
別れがあまりにも 辛すぎるから

それらを 人は 段々と 忘れるように
できているんじゃないかな


と、

そうかもしれない と、心に響いた…

忘れてしまえば お別れも悲しくない 
寂しさが お互いに 薄らぐかも

その為に 優しかったおばあちゃんは
認知症に なったのかも 

介護をされている方には 
キレイ事に聴こえるかもしれない

私も たまたま今は母がまだしっかりして
くれているから 助かるけど
モラ夫のおばあちゃんは88歳の米寿の
お祝いをみんなで やった辺りから
ボケてしまった

どちらさんですか? と リアルに言われた

92歳で亡くなったけど それまで
足腰は丈夫だったから 徘徊して
勝手に 外に出て保護されたり
怪我をしたり 帰って来なかったり
目が離せず お世話をしていた娘
(モラ夫の実家の離れに住んでいた
 モラ夫の父親の妹)は

そのたびに キーっ! キーっ!と
おばあちゃんを叱り 血圧が上がり
くも膜下出血で 60歳で亡くなった

自分の娘が 先に逝ってしまったのに
おばあちゃんは その事がわからず

◯◯子は ずーっと寝てるねぇ 
早く起きてこないかなぁ

と 言って 通夜の晩 私達を泣かせた


だから 認知症の人のお世話がいかに大変かも
見て 理解はしているつもりだ


ブロガーさんの この言葉には 賛否あると
思いますが 認知症の追記 として
別の話 として 書きました




#認知症
#孫から任侠彼はじーじ
#私は  ばーばと呼ばれていた
#結局 、息子夫婦は離婚
#孫ちゃん  元気かな?







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?