寝業師

今はあまり聞かないがかつては政界始めどの世界にも寝業師と呼ばれる人がいた。寝業師で調べると「まともな手段ではなく、裏工作などにより物事をとり運ぶことに巧みな人」とある。ある人は権力者の裏でうろちょろしている変な人がいると称し、政治では三木武吉（1884-1956）、大野伴睦（1890-1964）、川島正次郎（1890-1970）、金丸信(1914-1996）、野中広務（1925-2018）あたりが代表的な寝業師政治家らしい。

いわゆる調整型の政治家を示しているがその中で寝業師と称される人はもっとあくどいイメージが付き、事実政界遊泳よろしく老獪な立ち回りをしている。

寝業師の特徴は2番目のポジションを維持することでトップ（＝総理）に立っては落ちるしかないという考えを持つ人が多かった。また党人派がほとんどのためか政策や理念をあまり持たず、情や通念を重視しているタイプが多い。この点が確固たる政策を持つ必要のある総理候補と異なる。

総理誕生に際して工作することが最大事で、特に池田内閣誕生の際のやりとり（ 党人派から大野伴睦と石井光次郎、官僚派からは池田勇人が名乗りを上げたが、川島は同調する議員10人ほどと表向き大野支持の意向であった。川島は大野に「党人派が二分されると池田に勝てないので、石井一本にまとめたほうがいい」と進言し、大野に辞退させた。すると川島は「大野を支援しようと思ったが、辞退したので池田を支持する」と表明して池田に乗り換え、池田の総裁選出に寄与した。これは岸信介の意向だったという） は今の政治には見られない狡猾さを感じる。

最終的に総理となったが福田康夫もそのタイプで小泉内閣の官房長官時代はかなり調整に奔走していたようだ。福田氏の場合、最後まで政治家のアクを感じなかったがどこか政治に対して冷めた目で見ていたように思う。政治に付き物の夜の料亭などでの会合にもほとんど顔を出したことがなかったという。総理と言えば三木武夫も小派閥を率い権力の間を遊泳しているイメージであった。党内の混乱の産物で総理となったが寝業師の代表型であろう。

民主党では仙谷由人が「赤い後藤田」とも呼ばれ、秘書官を多数抱え総理以上の強権があったようだ。実際当時の鳩山由紀夫や菅直人は不祥事や政策に翻弄されていただけに感じる。

小沢一郎も寝業師なのか。政治歴を見ると50年を超える議員生活で与党時代も長いが大臣は自治大臣1度だけであまり政治を知らない人はその経歴に驚くはず。ほとんどが党代表や幹事長である。権力の中枢に立たず一歩離れているのが特徴で総理になれないよりなる気もなかったのだろう。近年は陰りが見えるものの長く存在感を発揮している秘訣なのだろうか。

岸田内閣にはそのような人が思いつかない。岸田総理自体にアクを感じずどこか事務方の役人にも見えてしまう。アクが強いといえば河野太郎ぐらいか。現在の所最後の寝業師は二階俊博とも言われている。東京ではなく和歌山出身で利益誘導しがちの建設族議員なのが大きい。どこか古いタイプの匂いを残した政治家。

いつもの相撲に絡めると、相撲界にもかつてはブレーンとも呼ばれる理事長（＝首相）を支える人材がいた。政治ほどドロドロした世界ではないが、かつては一門別の抗争はままあり自民党の派閥抗争さながらだった。事実自民党の派閥戦争に憧れていたとみられる節がある。

順に振り替えると、明治期の雷（梅ヶ谷）の頃は尾車（大戸平）、友綱（海山）あたりが代表的で雷と合わせて協会三智嚢と呼ばれたらしい。出羽海（常陸山）には入間川（木村宗四郎）あたりが重鎮格で行司出身で唯一の取締に昇進している。

時代下って戦後の出羽海（常ノ花）には楯山（幡瀬川）、武蔵川（出羽ノ花）、秀の山（笠置山）あたりが代表的で、時津風（双葉山）にも同じく3人に加え双葉山と同期の白玉（大八洲）もあまり知られていないが重要な役割を果たしたようだ。更に外部から玉ノ海も時に厳しく進言し支えていた。特に出羽ノ花は財務面、理論家の幡瀬川・笠置山は決まり手整理や相撲界随一の巧みな文筆ぶりで泰然と構える双葉山の陰で相撲界の復興を支えた功労者と言える。

武蔵川（出羽ノ花）体制以降、そのようなポジションが徐々に薄くなる。春日野体制では伊勢ノ海（柏戸）が海外巡業の成功に尽力し、 角界のキッシンジャーの異名を取ったのが特徴。相撲放送初期の解説者でもある。武隈（北の洋）も長く執行部に身を置き、栃若のブレーンと言って差し支えない。

北の湖体制では横綱として同時期に活躍した間垣（若乃花）が右腕だったようだ。年寄改革の際も反対派の急先鋒であった。高砂（朝潮）、九重（千代の富士）も腹心的存在ではあったが後年のゴタゴタを見ると気が引ける。

現在の八角体制にはそのようなポジションが思いつかない。振り返ると政治の世界も相撲界も平均化によって面白みが欠けているように思う。