見出し画像

くだらない空想の虫

 僕はそこらの下水から舞い上がった小さな虫ですから、遠くまで行こうなんて考えもしませんでした。ですがそこの家主、僕を下等生物のように扱うのでうんざりして家を出ることにしました。見せしめのように、小さな虫も大きな虫も殺していくのはみていられません。この小さな虫にできることはひとつ、未知の世界へ飛び出すことだけでした。もともと地下に張り巡らされたパイプを徘徊していた僕ですから、外へ出ることくらいは大した変化ではありません。

 ふらふらと飛んでいたとき、暑さに弱い僕は漂う酸い臭いに誘われ小動物に漂着しました。よく確認しなかったのだがそれは人間だったらしく、気がついたら田舎から高層ビルが乱立する都会へと大移動していました。それはそうと、僕は虫喰いに捕まらなくてよかったと安堵しています。人間は虫を食べません。人間は謎の粉を放ちその虫を食うものさえ死に至らせます。そんな生物です。この女性、趣味も悪いことに、殺した生き物の皮を身につけているではありませんか。無惨です。

 ここが東京と言うのでしょうか。昔、下水道よ汚れた水に東京のパッケージが流れて来まして、ここをたどれば東京につく、とよく言っていました。知らないうちに東京に来てしまいました。僕はいま人間のどこにしがみついているのかはわかりませんが、自然の空気が感じられないので、いつまで経っても部屋にいる感じです。そしてとにかく暑いので、じっとしているのです。ここの女性と僕は田舎から来ました。背伸びして頑張っていることをさとられないように歩幅が若干広がって、振り落とされそうで結局振り落とされました。落ちた道端の見慣れない顔ぶれに、不慣れの感を悟られないように振る舞いました。しかし、気がつけば飲みかけのワンカップに引き寄せられ、危うく溺れ死んでいました。自分の命を顧みない同士が助けてくれましたが、名乗らず去っていきました。その勇敢さに感服しましたが、実は僕は笑われていました。彼は同士を助けはしたが、恥と不名誉をかばってはくれませんでした。田舎者は救われても救われません。

 アスファルトの隙間に逃れました。状況が全く掴めません。足は曲がり、羽は頭上の石に張り付いて動きません。乾いて死ぬより、夕立に流されたいところです。眠くなってきたので寝ます。女性はどうしたでしょうか。胸を張っているといいです。僕は、僕はこれでよかったのです。幸せなことに、とてもくだらない虫でしたから。ただ、田舎の星の空を見上げて死にたかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?