見出し画像

宗教家日誌14

おはようございます。今日は7月15日 曇り。
教組年祭まで、あと560日となりました。

ところで、丁度1年前のこと。
朝から高熱が出た。寒気がエグイのだ。
外ではセミがそろそろ鳴きだしていたが
分厚い掛け布団をかけても寒いのだ。
「そう言えば、昨日喉がなんかおかしかったな」

そう思うと喉が痛む。もう激痛だ。
「なんだろう、風邪でも引いたか」と
そのまま伏せってしまった。

妻が心配して解熱剤と喉の痛みをとる薬を持ってくる。
高熱が出るとへんな夢を見ません?
うなりながらそのまま3日間寝倒した。

4日目には、熱も下がり喉の痛みも和らいだ。
その時痛感する。
「この身体が使わせて頂けるのは本当にありがたい」と。

上級祭典日が近くなったので、念のため近くの病院へ受診した。
結果
「コロナ陽性です」

「へっ?コロナ感染してたの?」

「後3日間は自宅待機をしてください」

「へっ?まだ待機しないとだめなのですか?」

「しょうがない。待機だ」と内心喜んだ。

信者さんが心配して諸々、差し入れをしてくれた。
普段見る事があっても口にすることができない品々だ。
体調は完全ではないが、身体を起こしてもしんどくない。
その上、自室待機。差し入れ。これは普段にはない好待遇だ。
この時YouTubeのお勧めに出てきたのが
安芸高田市長だった石丸伸二さんだった。

と、のんきな事を考えてあとは完治した。

ということがあったなあ、とㇷと思い出したのだ。

そう言えばだ。
世がコロナ禍に染まった時のことを思い出す。
不安が世界を覆った。
未知のウイルス。
行動制限。
手洗いの励行。
マスク着用等々。

私は毎月26日の御本部月次祭におぢばに帰っていた身。
だが、ここから数年間は、おぢばには一歩も足を踏み入れることはなかった。
「えらいことが起こったぞ」と独り言。
そこからだ。
「この教会につながる方々も、きっと不安に感じているだろう。
なにかしなければ」
と思いついたのが、LINEを使っての「ひとことはなし」だ。
主に私が経験した不思議な体験を書いた。書けばあるものだ。

毎朝更新した。一生懸命だった。
伝えたかったのは
「こんな状況でも神様がある。心配はない」だ。

約2年間、毎朝更新した。
信者さんの反応は
「会長さんが毎朝送ってくれるお話。
本当に安心と勇気を頂きました。」だった。

私と言う人間は人から認められたくない。
ほっといてほしい
が基本理念だ。
だから人の先頭に立って
「俺についてこい」とは絶対に言わない。

だが、この時は信者さんを「不安にしてはいかん」
という心になった。
つまり、ここではじめて信者さんの親になったのだ。
と思った。
それまでの約20年間は、正直そんな大それた考えはなかった。

コロナ禍以降、信者さんが私を見る目は変わった。
親、という見方をされるようになった。
私自身はなにも変わってないのだが。

で、この時書いた原稿は一つも残していない。
書いては消去し、書いては消去したのだ。

ただ、今こうして毎日noteを書くのに、残しておけば良かった、
と思う今日この頃である。

さ、今日も良い一日をお過ごしください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?