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中垣顕實「卍とハーゲンクロイツ」現代書館

表題にひかれて選んだ一冊。著者はニューヨーク在住の浄土真宗の僧侶で、ニューヨーク神学校博士課程を修め、全ニューヨーク本願寺の住職を勤めた方だ。完全にアメリカに活動の拠点をおいている方だけに、指摘しているところにおもわず「なるほど!」と頷きたくなる。

知ったかぶりでなく自分の耳目でフィールドワークをされているところに強く共感した。

テーマの卍は日本ではお寺を示すマーク程度にしてか思われていない節があるが、欧米社会ではそれが同じ向きでないとしても「ハーゲンクロイツ」つまりナチスヒトラーの鉤十字であり、悪魔のシンボルとして完全に定着しているそうだ。「そこまで?」と思うほど徹底している。これには驚いた。

卍は英語でSwastikaといっていて、戦前はナチスに関連した意味など全くなく、幸運をもたらすシンボルになっていたのだが、ナチス以降、全ては変わってしまい。「ユニバーサルな邪悪のシンボル」として本来の意味はまるでなかったかのごとくになってしまった。

しかし卍は何千年もの歴史をもつ、れっきとした吉祥、万徳、幸運の象徴であり、寺院という霊験あらたかな場所を表す聖なる印である。この現状に憤慨し、日本人として、僧侶として、アカデミックな舞台で立ち向かってきた。こういう人物がいたなんて、今の今までしらなかった。

卍はインドをはじめ、世界中にその分布が見られる稀有なシンボルである。しかもその意味は人類の平和そのものなのだ。

もともとヒトラーの鉤十字は十字架の一種(「ハーゲン」=鉤状の、「クロイツ」=十字架)としての位置づけだった。新生ドイツを立ち上げる「人類の救世主」としてのイメージ戦略だったわけだ。しかもヒトラーは東洋での意味も理解していた。意図的に利用したというわけだ。

アーリア人優位説を政策に織り込んだヒトラーは当時、インド・ヨーロッパ起源卍をアーリア人優位運動のシンボルとして掲げ、ホロコーストを開始したわけだ。その後、このホロコーストを語り継いでいくときに、「ハーゲンクロイツ」を使わず、Swastikaに翻訳してしまったが故に、このイメージは拭い難い強烈な記憶として埋め込まれてしまった。

しかもこれは単なる誤訳でなく「十字架(クロイツ)」という名前をあえて使わないという意図的な誤訳であったのだ。十字架を守るために卍を犠牲にした形だ。筆者はこの汚名を晴らすため、ホロコーストを訪れる数多くの人たちに卍の本来の意味を伝えるコーナーをつくるためのアプローチをしており、現実化していく予定なのだという。

また、著者は銀河系の形でもある卍を「人類世界宗教遺産」として認定すべきだと主張する。至極全うな意見である。汚名を着せられた卍を本来の卍に戻すのは、我々東洋文化圏の人間の使命でもあると感じる。

以下、卍の由来等を整理してみた。
<仏教経典における卍>
仏の身体のうち、仏の胸の旋毛が卍、その他手足や髪の毛にも卍が出現する。
卍はこの上ない智慧と慈悲の満たされた真理を悟った仏のシンボルである。

<大人の相としての卍>
卍は大人を表す。これは「大きい人」つまり偉大な人物と解されていた。

<光の源としての卍>
太陽神から出てきた神聖なシンボル

<万の原型としての卍>
吉祥萬徳の集まり=万の原型 万は卍

<世界的な善のシンボルとしての卍>
幸運・吉祥をしめす、世界でもっとも古く世界に普及していたシンボル。これは紀元前にさかのぼり、仏教、ジャイナ教、ヒンズー教といった東洋にとどまらず、南米のマヤ、インカ、アステカなどの古代文明にも見られる。ヨーロッパではトロイの遺跡を含むローマ・ギリシャで発見されている。

<古代ユダヤでも使われていた卍>
古代シナゴーグでシンボルとして使用されていた。

<古代エジプトでは>
生命の鍵、太陽神として使われていた。

<古代キリスト教における卍>
世界の力としての救世主キリストを表明する地下墓地に卍がつかわれた。その意味は4人の福音書記者であるマタイ、マルク、ルカ、ヨハネだと後に解釈された。

<イスラム教における卍>
世界のモスクにみられる。アジアのイスラム寺院では東西南北の基本方位、東西南北それぞれの天使による季節の支配を表す。

<アフリカ土着信仰>
ガーナのアカン族には卍型の髪をする習慣があり、それは忠誠と責任を表す。

<日本の中の卍>
・寺院には卍を掲げるところが多いが、最も多いのが善光寺。
・葛飾北斎は75歳以降、画狂老人卍と名乗った。彼は卍に興味があり、「新型小紋帳」に多くの卍を描いた。彼の弟子にも卍楼北鵞がいる。

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