【番外☕】日記:「世界堂」で見かけた男の人
*ヘッダー画像は「世界堂」のホームページよりお借りしました。
エマちゃんが描いてくれた彼のイラスト作品を、やっと額装してもらった。
絵を額装してもらう、ということが初めてだったので、お店での勝手もわからず、なんとなく気後れして時間が経ってしまった。
行くお店は心に決まっていた。隣市にある「世界堂」である。
ここは、彼が通い詰めていたと思われる画材屋さんだ。彼が遺した未使用の画材には世界堂の値札が貼られていたし(他はTokyu Handsも)、ゴミ箱にセットするビニール袋にいつも使うほど、世界堂のレジ袋がたくさんあったし、モナリザが驚いた顔をしている世界堂のパンフレットも確か見えるところに置いてあった。
私は足を踏み入れるのは初めてである。
駅前のビルの5階にあり、エレベーターの前には行列ができていた。
エレベーターに乗るのにも並ばなきゃいけないのか、と思いながらも、皆その列の最後尾に並ぶ。
と、一人の男の人が目に入った。
ひょろっと細くて、Kangolのベレー帽をかぶり、全身わりとタイトな紺色ベースのスタイルに、オレンジのラインの入った紺色のスニーカー。
髪の毛がちょっと長めで、ちょうど彼が亡くなったときの、マリが直前に切ってあげた髪型にそっくりだった。
その人はエレベーターの行列に気がつかないようで、つかつかとエレベーターの前に行き、イライラとボタンを押してみたりしている。
並んでいる人の、おい、ちょっと、という顔にも全く気がつかずに、エレベーターがなかなか来そうもない様子にしびれを切らして、1つ上の階にしか行かれないエスカレーターに乗って上がっていった。
やがて来たエレベーターにぎゅう詰めに乗り込むと、1つ上の階で止まり、エレベーターはその人を乗せた。
その人は、相変わらずイライラしていた。きっとよくこの店に来るのだろう。そして、いつもはこんなにエレベーターが混んでいることがなかったのかもしれない。
他の人に自分がどう見られるかをまるで気にしない。エレベーターなどに待たされることが大嫌い。頭の中は創作のことと画材でいっぱい。
ふふ、この人って、彼みたいだな。
彼に似ている人なんてどこにも居ないな、と感じている私の中で、
この人はいちばん、彼に似ているような気がした。
(彼はもっと繊細だし、周りが見えてる人だけどな!)
エレベーターが5階で開くと、その人は一目散に世界堂の中に吸い込まれた。
額装された絵を受け取るカウンターにしかこの店に用事がなかったけれど、思わず売り場の中にその人を追いかけてしまった。
その人は、絵の具のたくさん並んでいる棚とにらめっこしていた。
ふふ、今、絵の具しか見えていないよね。
「どんな絵を描いているんですか?」
訊いてみたいけれど。話しかけはしない。
「世界堂」には、こういう人が出没するのだなあ、と
おそらく誰よりも温かいまなざしでその人を見つめていた。
かつて、彼がここを歩いた姿を想像しながら。
*
絵にぴったりの額が選べてうれしい。
額に入れると、大きさも厚みも重みも加わり、別のものに生まれ変わったような気さえする。
今までずっと、裸のままにしちゃってたなあと。
私の選んだ額で、あと半分、彼のいない人生を歩んでいく私のお供となった。
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