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【知られざるアーティストの記憶】番外:アーティスト同士の会話 美しい友人と彼㊦

2023年12月23日は彼の70歳の誕生日である。
私は彼の誕生日プレゼントを企てた。

㊤はこちら⤵

3.

一周忌に間に合わなかったnoteデビューをやっと8月18日に果たした私は、いつの頃か、エマちゃんに彼のイラストを描いてもらうことを着想した。それは、フォトグラファーの橋本永美子さんに撮ってもらった彼の写真作品がなければ抱くことのなかった願いかもしれない。

私が撮った写真よりもはるかに美しく男前に映っている永美子さんの作品の中の彼を、私は私の物語を読んでくださる皆様に観ていただきたい衝動にしばしば駆られた。しかし、私は物語の中で、彼の姿を浮かび上がらせるために、私の記憶の中の彼をすべて書こうとしている。二人だけの秘密も、すべて。それは必ず彼のプライバシーを侵してしまうので、彼の名前も、彼の顔も、私はここで公開することはできない。

そこで、永美子さんの撮影した彼の写真を元にして、二次創作として彼の姿をエマちゃんにイラストにしてもらうことにした。エマちゃんは私の書いた物語を断片的に読み、私から直接エピソードを聞き、彼の仕事場や絵の道具に触れ、数々の永美子さんの作品や私の撮った写真から、彼の思いや感性や人となりを彼女なりに掴んでくれていた。私は彼女の感性に信頼を寄せた。

4.

エマちゃんは私の申し出を快く引き受けてくれた。希望のサイズを聞かれ、

≪noteのヘッダー画像のサイズで≫

と答えると、

≪もしできれば、一枚の手描きの絵として描かせてもらえないですか?A4サイズくらいで。
漫画家っていう同じ夢を持っていたイクミさんを描くに当たって、ヘッダーサイズで描いてお渡しというのは味気ない気がしてしまって。私の作品として大切に描かせてもらえたら嬉しいです。≫(彼女の言葉は行美が抜粋、編集)

と、彼女は言う。

彼女は本気なのだ。私はnoteのヘッダー画像を描いてもらうつもりだった。そして、今はデジタル画がメインだと聞いていたから、当然デジタルで描いてもらうことを想像していた。いや、彼女は一人のプロとして、同じ漫画の描き手であったイクミさんと対峙しているのだった。それは、いくらプロとはいえ、勇気のいる申し出のように思われた。なぜなら、イクミさんが漫画の描き手であったということに加え、私の彼への思いがあまりにも強いから。こう言える彼女の、人間としての強い芯のようなものを思った。私は彼女の意気込みを買った。

≪永美子さんの作品の中で、エマちゃんが感じるものを参照してね。それと……、一つだけリクエストがあります。≫

私からのリクエストは、
「背中に翼を描いてほしい」
というものだった。それは、次のようなエピソードに起因していた。

彼が亡くなった数日後に、彼の家の脇の電柱の下に鳥の両翼が落ちていたのだ。頭も足も胴体もきれいになくなっていて、両翼とそれを繋ぐ蝶つがいのような骨だけが残されていた。辺りにはその他の残骸が散らばっている様子もなく、ただそれだけが、空から降ってきたかのようだった。ハトよりは大きく、カラスよりは小さいくらいで、黒い羽の中に濃いグリーンの羽がラインを成していた。私はそれをしばらく眺めてから、槐の根元に埋めた。

それはまるで、彼が使わなかった翼を落としていったように感じられた。
“代わりにキミがはばたけ”とでも言うように。

5.

エマちゃんから下絵が送られてきた。目をつぶっている彼の横顔、裸の上半身だった。顔はそっくりというわけではなく、本人よりも彫が深くてギリシア人のように見えた。体も実際より引き締まって若々しく描いてくれたが、彼らしい体つきだった。私は顔がそっくりであることや、実年齢の通りであることを求めたのではなく、そこに彼の精神が現れてさえいればよかった。そして、そこには確かに彼がいた。

彼の写真を何度か模写したというエマちゃんは、
≪目がすごく印象的な人だなあと感じました。すごく寂しげなんだけど、だからこそ澄み切って美しいなって。≫
と伝えてくれた。やはり、彼の本質をとらえている。

背景の花は千日紅とクレマチスだという。千日紅は冬の花ではないが調べると彼の誕生花であり、花言葉が「変わらぬ愛」「永遠」だったので、これだと思った、と。クレマチスは冬の花で花言葉は「精神の美」。彼のイメージに合うと選んでくれたそうだ。千日紅の紫は、私が思う彼の魂の色だった。

エマちゃんから下絵が届いたのは、永美子さんから100人斬りの写真集が届いたのと同日だった。

6.

その後、エマちゃんから届いた清書には、下絵には描かれていなかった手が描き込まれていた。ずっと漫画を描いてきた人だから、やはり手は描き入れたいと思ったのだそう。その手には、彼の表現への思いや情熱が表され、絵が断然表情豊かになったから驚いた。

エマちゃんの作品(スキャンデータ)

物悲しく、口元だけがかすかに微笑んでいる表情は、私が当初イメージしていた「達観して飄々とした彼」とは違っていたが、この表情もまさに彼であった。彼は深刻な、あるいは「無」の表情をしていることも多かったから。彼のは、寂しさや空しさや絶望を味わい尽くした先の「飄々と」なのだ。

線画の清書に色が付けられ、完成した作品を送ってもらうと、鎖骨の浮き上がりがくっきりしていて、体のガリガリ感が少し気になった。鎖骨や肋骨を強調して描いた、というので、その理由を聞いてみると、エピソードや写真から彼は修行僧、または舞踏家のような身体表現をする人のイメージがあった、と。ストイックに自分の精神に向き合い、そのストイックさが身体でも表現されている人、というイメージで描いてくれたという。

私はエマちゃんの言葉にすごく納得した。
≪自分でも、ちょっと体型がガリガリ過ぎかなと思ってはいたけど、描き進めていく中で、やっぱりこちらのほうがイクミさんっぽいのかな、って。≫
本当におっしゃる通り。ストイックなイクミさんです。

エマちゃんのインスピレーションと、私が身近で感じていた彼がちゃんと一致した。

7.

エマちゃんと私は、まるでフランスのようなガレット屋さんで食事をして、まるでフランスのような公園の池のほとりのベンチで彼女から作品を受け取った。

「実は行美ちゃんに絵を依頼されたとき、自分の描きたい絵の方向性について少し迷っていた時期だったんだ。そんなとき、たまたまある大御所作家さんの原画展を手伝う仕事があって、手描きの圧倒的なパワーを感じたんだよね。間違えられない緊張感と共に、一筆一筆に魂が入ることを肌で感じて。それもあって今回、手描きの絵に挑戦したかったんだ。」

画面越しのスキャンデータで観ても十分に美しかった作品の細部の線に目を落とした。エマちゃんが、おそらくは迷い、苦悩しながら、しかし筆を落とす瞬間には迷いなく魂に従った一筆一筆は、イクミさんの魂の姿を表していた。エマちゃんが描いたイクミさんの肌の透き通るような透明感が心に残った。


Happy birthday,イクミさん・・・!!💐

2023年12月23日を境にnoteのヘッダー画像をエマちゃんの作品に替えるね。

あなたと過ごせたお誕生日は1回だけ(それも、入院中だった)。
68歳のお誕生日。それがあなたの永遠の年齢となった。
それから、あなたのいないお誕生日をもう2回過ごしているよ。
これからも毎年、祝い続けるからね。

Special thanks for エマちゃん!!

追記:
別れ際にエマちゃんが言った。
「映画の『ブレードランナー』って観た?もしまだだったらぜひ観てみて。行美ちゃんが言ってた鳥の羽のエピソードとリンクしてるように感じる場面があるんだ。映画としても普通に面白いから。」

私はまだ『ブレードランナー』を観ていなかった。

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