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「金閣寺の燃やし方」(酒井順子)を読む。
 1950(昭和25)年7月2日、当時21歳だった一人の修行僧(林養賢)の放火によって金閣寺が焼失した。この事件を題材にして、三島由紀夫が「金閣寺」を、水上勉が「金閣炎上」を書いた。本書は、二人がなぜこの作品を書いたのか、その背景を両者の生い立ちからたどって、内容を比較分析したものである。そこには対照的な二人の精神世界があった。

「理をもって、表から養賢へと近付いた、三島。情をもって、裏から養賢を理解しようとした、水上。その二人の作家がすれ違った場所こそ、京都は北山、金閣寺。金閣寺放火事件は、水上の情と三島の理、二人の大作家の最も敏感な部分を、強く激しく刺激する出来事だったのです」。(「表」とは「表日本」、「裏」とは「裏日本」、三島と水上が生まれ育った場所のこと)

「変貌しない世界に対する、絶望。その結果としての、行動。……三島の自決は、溝口(林養賢ではなく)による金閣寺への放火と、どこか似ている行為であると、私は思うのです」。

「三島『金閣寺』は、最初金閣を美しいと思わなかった溝口が、やがて燃やさなくてはならないと思うほどの美を金閣に見るようになった、その過程を明らかにする小説です。水上が無視した美の問題を三島が書いたのではなく、三島が美の問題のみを書き尽くしたからこそ、水上は美以外の部分の金閣寺を描いたのです」。

「燃える前の金閣寺を特に美しいと思っていたわけでなく、上空から見たような観念上の美の物語として『金閣寺』を書いた、三島。そして、金閣寺を見ても、『どんな人がどんな苦労をしてこれを作ったのか』と思い、下から金閣を支えていた庶民の労苦に美を見る、水上。それぞれの美意識の上に成り立つ両者の作品は、同じ事件を題材にしながらも、全く違う方向を向いた小説なのです」。

「私は、本書において、裏日本を体現する作家である水上勉の湿り気と、表日本しか見ようとしなかった三島由紀夫の乾き方とを比較しようとしている」。
「三島は『隠す人』であり、水上は『見せる人』であったという対比をすることもできましょう」。
「戦後の時代を生きる私達日本人は、三島的な部分と水上的な部分をそれぞれ、精神の中に持っているのではないかと思います」。

「三島由紀夫と、水上勉。二人の心象風景は、荒野と汁田なのではないかと私は思います。水上作品に度々でてくるのが、日が当たらず水はけの悪い汁田。(中略)三島の心にあるのは、広大な荒野なのです。汁田とは全く異なり、湿り気がまるでない、からからに乾いた、生き物もいなければ植物も生えない、荒野。三島はそこに、一人で佇んでいます」。
 
金閣寺放火事件を描いた作品を通して、三島文学と水上文学の特徴を見事にとらえている。文章もわかりやすくて読みやすい。分析力に感心した。(2021年12月27日)


「『団塊世代』の文学」(黒古一夫)を読む。
 〈序〉に次のような記述がある。
「確かに『一九八〇年代の、およそわが国の現代文学を覆う、能動的な姿勢の喪失』はあったということに同意しなければならない。しかし、また同時にそのような現代文学の全体的傾向に抗うように、『戦後文学の能動的な姿勢に立つ表現活動の血筋をひくもの』が、少数ではあったが、その後の現代文学の世界で確かな地歩を築いてきたのも『事実』であった。(中略)そのような文学傾向をを持つ作家は、例えば本書で中心的に取り上げた宮内勝典や『その仲間』、具体的には、すでに物故した中上健次、桐山襲、干刈あがた、立松和平、津島佑子や池澤夏樹、増田みず子といった一九七〇年代以降現代文学の世界で活躍の場を見出した作家たち、ということになる」。

「この『政治の季節』を戦後史の結節点と捉える考え方に従って現代文学の在り様を俯瞰した時、その主流は、紛れもなく先に大江が村上春樹文学に象徴される特徴として指摘したように、登場人物も物語世界も『受動的な姿勢』に立つ、つまり『デタッチメント=社会的な関係が切断されている状態』を物語世界に再現するものへと変わってきた、と言えるのではないだろうか」。

「中上健次、立松和平、三田誠広、青野聰、宮内勝典、村上龍、津島佑子、増田みず子、少し遅れて高橋源一郎、島田雅彦、桐山襲、そして現代の池澤夏樹や中村文則、彼らこそ『戦後文学の能動的姿勢に立つ表現活動の血筋をひくもの」たち、と概略言うことができる」。
 
著者によれば、村上春樹や吉本ばななは「能動的な姿勢を喪失した」作家として批判の対象である。それに対して「能動的な姿勢」の作家として、本書では池澤夏樹、津島佑子、立松和平、中上健次、桐山襲、干刈あがた、増田みず子、宮内勝典を取り上げて作品の傾向を分析している。その分析は極めて緻密、正確で教えられることが多かった。

「彼ら『団塊の世代』に属する作家たちは、国も人々もひたすら『豊かさ』を求め続けて来た歴史がもたらした『綻び』に気づき、大勢(体制)とは『違う生き方』を模索するところにその特徴があったということである」。
著者の主張を私は支持する。(2022年2月14日)


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