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短編ノベル達の城

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短編ノベル集
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#小説

ノベル『雑記メモ』3

 ノベル『雑記メモ』3  ふと思うのだけれど、他人の小説を読んでいると独特な言い回しや考え方のようなものに影響されてしまう。過度な感情移入や作中人物に憑依されて虚構世界をリアルに追体験もしくは共生してしまうからか。  例えば村上春樹の小説を読み返しているのだが『ねじまき鳥クロニクル』は実に楽しい。時代は1984年夏。小説の時代背景はすごく重要だ。春樹の独特な孤独ワールド。井戸の中で内側の壁に囚われて無意識の集合性を味わう。意識の階層を地下にその奥底に設定位相するアイデアは

ノベル『雑記メモ』2

 雑記メモ2  次々湧き上がる想念のとめどなき足掻き。まるで辻堂のような心ぼそい雨宿りの吹き晒しの屋根付き東屋でしばし思念するような儚さ。楽しさ。小説の端緒。物語の胎動。リフを思いつくような自由さ。  辻堂とな。江戸時代の旧街道、備後福山の街道沿い。福山初代藩主水野勝成の命令で建造された。青年時代を諸国漫遊の放浪旅を幾度となく行った異端の戦国武将である。旅人の難儀をなくそうと。旅を快適にするには。雨露をしのぐ凌げる避難場所が必要だ。封建世襲の血腥いフレームから出奔した若き勝

ノベル『銭湯ガール』

 ルナちゃんは今日も銭湯へいく。身も心も清めようと。若干最早の二十五歳。北海道は札幌出身。趣味はコスプレとカメラ撮影と銭湯と湯上がりバル。人間観察も趣味といえば趣味。そうね女優の黒木華に似ている。京都に凄く憧れがある。同じ京都出身の吉岡里帆も元アナウンサーの田中みな実も好きじゃない。男に媚びを売るあざとい女は反感どころか敵意しかない。やっぱり平陸奥・・。媚びているようで全然媚びない。文学と漫画をこよなく愛するナイスバディの彼女、しかもポルノも辞さない肉弾肉厚のあっぱれ女子。最

ノベル『うぐいす島』

「すみません」 「何?」 「二人乗り往復券と間違えたんですよ」 「一人分、返金ね」  若い女が差し出す。彼女の硬貨には新たな元号は刻まれていない。まだ元年も最初の月だから。爽やかな香水が発汗滲んで香ばしい。麝香の蠱惑もほんのりと。愛の換金、その対価や如何に。  女は戸惑う。わたしが返金するなんて。やっぱり、わたしって、返金女じゃないの?返却、返品・・。  女はアンニュイな眼差しで男を見詰めた。都会から持ち帰ったあざとい小さな頬笑み。冷静さを取り繕う。媚びるわけでもない。

ノベル『雑記メモ』1

 いろいろ楽しい。新たな文芸機運が高まってゲキおもしろのミステリーを考える。小説は現実のさまざまな事象から芽生える。  夏真っ盛りなのにローカルなマウントが話題を呼んだ。老練ロッカー世良政則とすでにベテランの奥田民生。彼らは同じ広島県人なのだが広島市内出身の民生が県東部・岡山県境の福山出身である大先輩の世良政則を「世良さんは同じ広島とは言えません」的な笠岡の隣ですからむしろ・・。  広島県以外の連中からすれば田舎もん同士のクソ呆れたうんこ話でしかない。広島市内だから本物の

ノベル『面喰いだから』

 「好きじゃぁ好きじゃぁ。津島が好きなんじゃぁー」    私はよく思い出す。年に何回なんてもんじゃぁない。何十回も。  中学二年の二学期だった。毎年教育実習があって母校に戻って教職の仕上げを卒業生の先生のたまごが行う。音楽教室ではロングヘアの実習生がピアノを弾いていた。  音大生・・中学校の音楽の教師になろうという。専攻はクラリネットか声楽かフルートだったのかもまさかアルトサックスだった?  万倉が突然ピアノの横に飛び出した。  津島が好きじゃ。津島が好きじゃ。もどかしげな叫

ノベル『銀座でお寿司を』

 やっと秋雨前線も谷間。東京丸の内で酷い仕打ち。「満席」入店拒否された。でもアサミさん曰く「あんたの服がダメだから入店拒否されたのよ」  達はTシャツに短パンだった。 「歩いて銀座へ行こう。マー君の寿司屋へレッツゴー」 「いいね。お寿司」 「満席だから服が違うから」と断らない。誰でもオッケイ。寿司は待っていれば空く。回転が速い。カウンターがいい。テーブルはつまらない。寿司職人のもてなしを受けられないからだ。鯔背な粋な寿司職人。磨き上げた握り寿司のパフォーマンスを目の前で

ノベル『原宿ガール』

 四月上旬、日曜日の朝、毎週予約録画している鼎談番組を見ようとテレビを点けた。液晶の画面左側に「JR山手線不通」と表示されている。 不通?これからJR総武線で新宿に出て山手線に乗り換えて原宿に行ってハンバーガーを食べて渋谷まで歩いて陶芸の個展を見に行く予定だった。 まぁ、気にすることない。すぐに復旧して電車は動き出すだろう。 前回好評だったサッカー有名人の今回は後半の鼎談を見た。四十八歳現役選手である三浦知良の求愛物語だったり引退は未定のサッカーへの情熱だったりこれから

ノベル『路地で待ってる』

 記憶の彼方は未来の出口でもないけど。時間を考えるのが好きならば、思い出の場所でのもしかしたらを考えてもいい。特殊な場所には特殊な時が流れるからだ。そんな特別な思いが込められた時と場所が祭りとなる。現在の思い出と未来の記憶は創造的主体の感覚の奥底の循環や円環から類推する時。内在する内的な必然と同時共時の青春ライブ。祭りは密やかな私事と集合離散の時空物語だ。交歓と音響。イメージとメモリー。  恋の思い出。夢想でも妄想でもない。面影の思惑。思い出の改竄。記憶の成就。願望と切望の

ノベル『銀座で、会いましょう』

   作家は、四月の桜の満開を過ぎた、最高気温二十℃を越す快晴の日曜日に、銀座へ出掛けた。能楽を観劇する為である。  渋谷松濤にあった観世能楽堂が、銀座に移転してはや一周年を過ぎた。GINZA SIXの地下に多目的ホールがあって、その空間に能楽堂は収まる。  作家は、老境にさしかかる人気作家である。彼女は、大学の芸術学科を卒業して広告業界へ入る。その八十年代を広告が席巻した。その頃、コピーがマーケッティングの社会的要請をもろに受けて、大衆消費の理論と実践が抜き差しならないほ