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話題の問題作『僕の狂ったフェミ彼女』で思考がぐちゃぐちゃになったので感想を書いてみる。

これは間違いなく問題作だなぁ。というのが、読み終わった直後の率直な感想だった。ミン・ジヒョン氏著、加藤慧氏訳の『僕の狂ったフェミ彼女』。確か以前紹介した『同志少女よ、敵を撃て』の記事からリンクを飛びまくっている中でこの作品のインタビュー記事を見つけ、興味が出てきて読んでみたという流れだったが、予想以上にパンチの強い作品だった…。
私自身もここ数年でよく耳にするようになった「フェミニズム」という単語。私自身もこうしたことに関心はあるものの、ちょっと考えがまとまらない部分があるので、こうして記事にしつつ頭を整理しようと思う。

ざっくりとしたあらすじ

両親からの結婚への圧力にやや辟易している主人公「僕」ことキム・スンジュンは、物語開始から四年前に付き合っていた「彼女」とスンジュンの渡米がきっかけで破局。そのあとの恋愛すべてがうまくいっていなかった。
そんなある日、妊娠中絶合法化のデモ隊を目撃したスンジュンは、なんとその中にいた「彼女」と偶然再会!そう、四年ぶりに再会した彼女はフェミニストになっていたのだ。
しかし彼女以外は考えられないと思ったスンジュンは、改めて彼女に猛アタック。すると彼女から「私に音を上げて別れるなら100万ウォン払う」という条件付きで交際をOKするというまさかの提案が。
スンジュンは、果たして彼女をフェミニストから「普通の女性」へと戻すことができるのか……?

二人の間にある溝は、どうして埋まらないのか?

この本を読んでいる途中から、スンジュンと彼女、それぞれの視点でお互いの発言を聞いたとき、もしスンジュンが自分だったら、彼女が自分だったら、と思いながら物語を読み進めていた。

スンジュンの考え

スンジュンはいわゆる「何も考えていない普通の男性」を絵に描いたような人物で、彼女に優しさを振りまくところでも、本心の優しさももちろんあるが、「どうだ!これで僕のこと頼れる彼氏って思っただろ!」という下心も割と大きめに抱いてしまう男性だ。
ただ…、これはもしかしたらほとんどの女性が身に覚えがあるかも知れないが、男性が「俺キマッてる!」って思ってるときって、それ以外の人は「こいつ今かっこつけてるな」って気づいてしまうもの。そのような、ある意味滑稽さと可愛らしさが同時に出てくるキャラクターになっているのが秀逸だなと思った。
彼女も、自身がフェミニストになる前に好きになった人だから交際を再開したと言いつつも、こうしたスンジュン自身の可愛らしさを好ましく思っていたんじゃないかなとも思う。

しかし、スンジュン視点で物語が進んでいるはずなのに、地の文(スンジュンの心の中の描写部分)にこんなにイライラしたのは人生で初めてかも知れない笑。スンジュンは彼女と一緒にいることの体裁や、彼女に自分がどう見えているかにばかり気を取られていて、いざ本当に彼女に危険が迫ったときや弱さを見せられたときも、「自分自身の考えや行動」を見せることができないのだ。そしてそれは、スンジュンが自身が置かれた環境や社会(スンジュンの両親はいわゆる古風な考え方で、結婚が最も幸せだ、と考えている)に対して何の疑問も抱かなかったことが原因の一つだという印象を持った。

では反対に「彼女」の言葉や行動はすべて正しいのか?

これについてが、私がこの作品で最も頭を悩ませた部分だ。
「彼女」はスンジュンと出会う前はロングヘアーでスカートも履いていたが、再会してからは基本フェミニズムな言葉が書いてあるTシャツを着て、短髪にジーンズ等のパンツスタイルしか着ない人物になっていた。

本当に難しいのだが…確かに「彼女」はスンジュンと付き合うときに「私とあなたが付き合うのは、今は難しいと思う」という旨を伝えたうえで交際をしている。しかし、スンジュンがあまりにバカ(すまん)とはいえ、ちょっとスンジュンの意見を全否定し過ぎなのではとも感じた。
あとこれは水掛け論になりそうだが、「彼女」の言動を聞いていると、逆に「スキンケアとかスカートが大好きで男性に可愛いと言ってもらうのが大好きな私は女の敵なんですか!?」という層も出てきそうで、何かを否定すると、否定された人がまた否定し返すという無限ループにはまるんじゃ…?という疑問が浮かんでしまった。
また、スンジュンが感じた祖父の傘寿のお祝いで親戚全員で集まったときのなんとも言えない閉塞感や、結婚しないと家族に認めてもらえない悔しさなどは男女問わず多くの人が感じることであるものの、「彼女」のように行動を起こせる人は少ない。
……自分でもうまく言葉にできないが、正論ばかりを言う人と言葉を交わすときにありがちな「君の言う事は正しいけど、それで全部収まるほど世の中甘くない」という感じ、が少し出ていて、スンジュンにはもちろん反発してしまった一方で、「彼女」に対しても共感しきれなかったというのが正直な感想だ。
ただ、私自身も仕事でセクハラめいたことをされたことがあり、そのときの恐怖感や、あの男性の「俺が守ってやる!」という謎オーラにどこか興ざめする感じはとても納得できた。

この作品で大切なこと

いろいろと吐き出してしまったが、この物語のラストで、ようやくスンジュンは自分が置かれた状況の苦しさを「苦しい」と認識し、「彼女」に吐露できるようになる。私はこのシーンが、この作品の一番感動したお気に入りだ。
この作品を通して、スンジュンの思考をバカにすることでも、「彼女」の考えにただ全力で賛同することでもなく、個人同士が世の中に対して感じる「苦しさ」や「違和感」をきちんと腹を割って話すというのが最も大事なんじゃないかというのが、私が受け取ったメッセージだ。
ただ、立場が違う人間同士が腹を割って話すことは中々難しく、しかもそういう場合、お互いの意見が腑に落ちないまま終わってしまうことがほとんどだと思う。それでも、知ろうとする心があれば、何度も話を繰り返して、いつか分かり合える日が来るかも知れない。その日が来るまであきらめないことが、とても尊いことだと感じた。


この作品は韓国でドラマ&映画化が決まっているとのことで、完成したあかつきには是非日本でも劇場公開or配信はしてほしい。
ただ、今の現実として厳しいことを言うのなら、こうしたフェミニズム云々といったことは、そもそもそうした犯罪が起きなければ考えなくていいことだという事実を忘れてはならない。
そして、これは私の邪推だが、こうしたハラスメントや、マイノリティ・異性に対して差別的な価値観を持った人は……、正直な予想として、まず自分からはこの作品を手に取らないと思う。
そして、作中の「彼女」のような考えや行動を起こしている人に対して差別的な発言をしたり、距離を取ろうとすると思う。
というのも、私自身が駅前で時々行われている様々なデモに対して、どこか白々しい気持ちになってしまっているときがあるからだ。

世の中を変えることは難しいし、このご時世だ。よくなればめっけもんくらいに考えていないとやっていけないことが多い。
もしこの作品で思うところがある人は、まずは誰かにこの作品を勧めてみて、スンジュンや「彼女」と一緒に、世の中で起きる凄惨な性犯罪や性差別について「腹を割って」話してみるのが、世界を変える第一歩かも知れない。


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