【白井未衣子とロボットの日常】エピローグ・再出発の日

※予告なく変更のおそれがあります。
※設定上、残酷な描写があります。



温かいカフェラテは、寒い冬の時期には美味しい。
自分の家の部屋で勉強している時に私は思った。

11月半ばに家に帰れるようになってから、私達兄妹は[ラストコア]を訪れていない。
10日に1回程、アレックスさんやジェームスさんからインターネット経由で連絡が来るぐらいだ。

現在の[ラストコア]の運営は、うまくいってるらしい。
平和な今の時期に被害の後処理の対応に追われてて大変らしくて。
クーランとの決戦でお世話になった志願兵の皆さんの実力も、メキメキとつけてきたみたいで。
【パスティーユ】に代わる超強力なロボの開発にも着手したらしかった。

リュート王子達、土星圏の人達は一度だけ連絡があったらしい。
私達にはアレックスさんを通じて、彼らの現在を知った。
どうやら、王子の産まれの故郷の人に出会えるチャンスが訪れたらしく、再開する前に地球に挨拶に来たのである。
本当に、喜ばしい出来事だよ。

家に帰ってきてすぐに、吉川公園に行ったんだ。
何でかというと、昔を振り返る為だったらしい。
まあ…直近で襲撃事件はあったけどさ…振り返ってしみじみとしたいのかなあ…。
季節外れの桜が綺麗だったから良かったけど。

それ以降、私達の行動はバラバラだった。

和希兄ちゃんが送ったメール、同じ部活の同級生の女の人宛なんだけど。
返信が届いていたんだ。
絵の上手な女の人で、その人に兄ちゃんの描いた絵を褒めてもらったって。
感情を露わにしない和希兄ちゃんだけど、その時はほっこりした笑顔だったよ。

勇気兄ちゃんが久しぶりに空手教室に顔を出した時、同じ稽古仲間の子達が兄ちゃんに群がったって。
特に親しくしていた友達には、泣きつかれたらしい。
服が濡れちゃって、兄ちゃんは道着姿で帰ってきたよ。
もう、洗濯物を増やしちゃって…仕方がないけど。

帰宅してからの私の変化と言えば…[ラストコア]に出入りする事がなくなったぐらいかな。
家事と勉強と読書の時間を、増やしたから。

帰ってきたからと言って、急に友達ができるようにならない。
だから、私はいつも通り生活しているだけ。

この日も午前中に家事の手伝いを済ませた。
お爺ちゃんとお婆ちゃんが1階の喫茶店を切り盛りしている間に、掃除と洗濯をやった。
昼食も残り物の食材で調理して食べた。
勉強もキリの良いところで終わらせて…趣味の読書に没頭する。
読書の合間にホットカフェラテをちょっとずつ飲んでいた。

読書のジャンルは普通の小説だった。
現代の日常生活の風景を描いた、ほのぼのとした小説。
内容が入りやすいので、ページをめくる速度も早かった。

時刻は午後4時頃だろうか。
時計の短針は『4』を指していたから。
1冊の小説の本も読み終えてしまった。
あっさりと読めたからかな。

本を閉じて、棚に仕舞おう。
そう思って、立ち上がった時だった。

木製の学習机に、透明の水滴が1つ、2つ落ちていた。
カフェラテのカップは机の奥に置いていたから、手前に水滴が落ちる事なんてない。
それに、自分の顔の頬に、何か冷たい物が感じられたんだ。

鏡はないので、近くの窓で自分の今の顔を確かめた。

机の上の水滴。頬に冷たい物の感触。
正体は…涙だった。

小学生の時にいじめられて以来、私は涙を流せなくなっていた。
悲しい表情を、作ることはできても。

だから、涙が溢れた時は、驚きで声を発せなかった。

今日の出来事を振り返った。
掃除と洗濯でヘマなんてした記憶はないし、勉強もハードな問題には挑戦していない。
先程の小説の中身だって、涙を誘うような感動シーンの描写は見当たらなかった。

なんでだろう?心当たりなんて、全くない。

でも…訳の分からない虚しさだけは、感じている。
兄達も祖父母も父もいるし、寂しくはないんだけど…。

…そうか。これは誰かがくれた恵みなんだ。
ずっと涙が枯れていた私を後押しするように。

もう一度、普通に暮らしていけるように…。

これは私への励ましなんだ。
私が強くなれるように。

ありがとう。知らない人。
私はもう、自由に生きていけるよ。

本を棚に戻す前に、私は涙を袖で拭った。
本を戻してから、私はカフェラテのカップを持って、部屋を出た。


【白井未衣子とロボットの日常】
《共闘》
おしまい。

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