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【白井未衣子とロボットの日常】14・忘却の日《13》

※予告なく変更のおそれがあります。
※設定上、残酷な描写があります。


「公園の紅葉が綺麗ねぇ。」

俺達が愛嬌市の家に帰れたのは、11月半ばになった。
結局、武人兄ちゃんの安否は不明だった。
捜索も困難だとして、土星圏の人達も切り上げたと、アレックスさんから報告があった。
これ以上[ラストコア]にしがみ付く用事は、俺達子供にはなかった。
帰宅の為の整理に取り掛かり、愛嬌市内に戻った。
荷物を運ぶ用のトラックも同時についてきた。
転送装置の腕時計やペンダントは、記念にプレゼントすると言ってくれた。

帰宅して数日後、俺達は日程を作って、3人で公園に行った。
半年以上前に襲撃事件の場となった、吉川公園。
俺達兄妹と武人兄ちゃんの、初対面の場所だった。
武人兄ちゃんは自分の消滅で未衣子の記憶から飛んでしまうと、《夢》で言った。

でも、希望を捨てたくなかった。
ドラマでもアニメでもある、記憶喪失の時はその人物の馴染みのある場所へ行くシーン。
小さな事でも蘇れば、と願っていた。
だからといって、未衣子が《記憶》を思い出す素振りはなかった。
思い出す前の頭痛を感じる行為でさえ、妹は示さなかった。
ただ、オレンジと茶色という、秋の典型的な景色に見惚れているだけ。
くるくる踊っている未衣子を遠目にして、俺達はひたすら公園の散歩をしていた。

「変わってない、よな。」
「変わってない、ね。」
俺と兄貴が漏らした感想だった。
いつも以上にはしゃいでる未衣子をよそに、俺は兄貴に《夢》にまつわる話を始めた。

「兄貴。」
「なんだい?」
「俺達の母さんが火星人って事、父さんやお爺ちゃんやお婆ちゃんは知ってるのか?」
「知らないだろうね…。赤髪とは言っても、茶色に近い色合いなら外国の人と変わらなそうだし。」
「だよなぁ。ま、俺達お婆ちゃんに育てられたもんだし。」
「知らない方が幸せだったのかもね。母さんの正体の話は。」
「母さんだけじゃねぇ。未衣子もだよ。」

俺達は前へ視線を向けた。未衣子が舞い上がっている先を辿っていくと、敷地内のお花畑に着いた。
寒さが増していく秋の終わりは、咲く花の種類も少なかった。
俺達の心の虚しさを、表しているようだった。

だけど、1本の大木の枝から、薄いピンク色の花が咲かれていた。
桜だった。
笑顔の未衣子の上を飾っていた。
知識の乏しい俺でも、冬の突入前に桜が咲くのはおかしいと思ってた。
兄貴が常識を覆した。
「『十月桜』という花があるんだ。稀にこの近所で見る時あるけども、この公園でも咲いていたんだな…。」
へぇ、と俺は小さく言った。
兄貴の知識が別に地味と思ったわけじゃない。

桜の木の下を嬉しそうにぐるぐる回る未衣子とは逆に、俺と兄貴は気持ちが沈んでいたから。

ただ、兄貴の方をチラッと見ると、安堵したかのように、少しだけ笑みの表情が出ていた。
「…幸せなら、それでいいのかもしれないな。」
兄貴は未衣子の喜ぶ姿を見て、これを口にしたんだろう。
俺は兄貴を否定せずに、同調した。
「そうだよな。俺も、未衣子が納得するなら、それでいいよ。」

武人兄ちゃんは俺達が未衣子を見守ってくれと頼んだ。
だったら、彼女の幸福を壊さないように、俺達が守ってやろう。

もう二度と、未衣子を泣かせないように。

→『エピローグ・再出発の日』へ続く。

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