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ラジオドラマ

 私の父はリンゴ農家である。北陸の冬は雪が降って自転車が使えなくなる。通学に自転車を使っていた私は、高校生の時には部活が終わってからよく父に学校まで迎えにきてもらっていた。泥で汚れた白いバンで迎えに来る父が、当時はたまらなく恥ずかしかった。カセットテープしか使えないオーディオからは、いつもラジオが流れていた。

 ある時車の中でラジオドラマが流れた。どんな話だったかはあまり覚えていない。でも、情景がばっと脳裏に浮かぶ話だった。静かな語り口だった。エンジン音に混じったその声を耳を澄ませて聴いていたが、ラジオドラマが終わるより先に家に到着してしまった。

 最後まで聴きたい。ふとそう思った。父は、家の駐車場に着いてからもしばらく、エンジンを止めなかった。父もまた、そのラジオドラマを聴いていた。

 放送が静かに終わり、私たちは車を降りた。

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