見出し画像

6人のタイ人に嘘を付かれても

国鉄は5バーツ。日本円にして21円。
バックパッカーの聖地と呼ばれる
カオサン通りからドンムアン空港まで
S1バスでおよそ1時間
60バーツ(256円)と“言われた”(地元民A)

コスパを見れば一目瞭然であるものの
注意したいのは「治安」である。
ドンムアン空港駅から中継地の
バンコク駅まで国鉄で行くとする。
バンコク駅の国鉄はありえないくらい汚ない。
聖飢魔IIの登場を街角から
そんなとこにいるはずもないのに望むほどである。
そしてホームレスなどの目がなによりも恐怖だ。
ドイツのフランクフルトで
麻薬中毒者に囲まれた時のアレを思い出す。
恐ろしい。ああ、恐ろしい。
朝や昼間ならいいが、夜は絶対的回避が懸命だろう。
1人旅バックパッカー歴6年の
私が言うのだから間違いない。
頭の片隅に入れておいても絶妙に役立ちませう。

空港に夕方以降行きたいときは
カオサン通りのナイトマーケットを
存分に楽しんでから
近くのバス停からS1バスに乗って移動することだと
タイのサツカンに“言われた”のだ。(サツカンB)
タイで警察官と仲良くしたって情報を貰えないのに
どうでもいいところで意気投合しがちなのである。
いや、よくタイでは詐欺集団が捕まることが多い。
頼むぞチェン警察官よ、
あのときは…で盛り上がりたい所存である。

なるほど、タイ人はいつだって穏やかだ。
輪をかけてバス停にはいつも心優しいお兄さんが
色んな人の案内をしてくれる。(地元民C)
いやーなんで心優しい国なんだと思いつつ
さあS1バス来たから乗りましょっと

「NO DON MUANG」

は?

「NOT GO TO DON MUANG!」

なに?これもしかしてもう一個の方の空港行くやつ?
「does this bus go to the other airport?」

「YES!GET OFF!」

合ってるか間違ってるかも分からない英語を使って
どういうことなのか、訳も分からず降ろされた。
命令されて悔しかったので、バスが見えなくなるまで
指をさしつづけてやった。(無意味)
そう思えばあのサツカンであるチェンも
最初「?」だったな
あいつ適当に言いやがったな
チップ渡さないとほんとのこと言わないんだな
どうなってんだこの国は
あの兄さんもなんだったんだ
やっぱり調子に乗っていただけである。
恐るべしタイ人。
平気な顔をして不正確な知識をばら撒いているようだ

…悔しいが仕方ない。
すぐ切り替えて他の方法を探す。
がしかし、私はWiFiルーターも借りず
SIMカードも買わない旅を強行敢行しているために
目的地に行くのも人づてに聞いて道を見出している
ここまできたらマジ誰も信じられん。
大体で行こう、私の勘を何より頼ろう
タイのみんな、汗くさくてごめん。でも今は
とにかく空港へ戻らないと現在22時。
今日鉄道に乗って得た知識を使って空港へ向かう。
よし、この電車だと思い切って乗ったら

方面違い。

いや、ここは流石に想定内。自業自得である。
実はこの列車、大江戸線方式なのは
既に存じ上げているのである。
(光が丘を終点に
どちらの方面にも都庁前から一周する)
しかも、事前に間違えてもいいように(間違うな)
どちらの方向からも同じ駅数ということも
把握済みである。
何か文句がある人がいたらムエタイ願いたい。

さあここから問題なのは
タイの激臭おまけに人のウンチング付き国鉄は
何時が最終かということである。
3人(地元民D.E.F)に聞いたが
それぞれバラバラな時間を言う。
タイに誇りを持っているならば
事前把握は必須であろう。反省したまえ。

これで国鉄が22時最終などであれば
本気で違う手段を考えなければならない。
最終奥義は空港までタクシーである。
私の話術で3000円で行きたい(普通は6000円〜)
どうやって交渉するかは既に習得済みである。
また今度教えよう。今はそれどころではない。
おい、正しい知識に群がるんじゃない。
さあ乗り換えだ。

Last train

かなりまずい。
赤い表示でまずもって激マズ確定。
チケットカウンターで国鉄チケットを急いで購入。
ゆっくり喋るでない。なるはやでお願いしたい。
ちなみに20バーツ、85円。
20キロの荷物を背負って階段を駆け上り電車へ。
なんと、間に合った上に拍子抜けだ。

綺麗すぎてよく分からない

私が最初に乗った国鉄はなんだったのだろうか
幻か、幻覚か。記憶が遠のいていくが無問題。
乗り込んで空港へ。

一時はどうなるかと思ったが
結局は自分の勘が一番頼りになるのだ。
データがモノを言う時代
勘に頼った意思決定は非難されがちである。
しかし、これまでの経験があるからこそ
成せる技であり
判断力と決断力が合わさって
やっとひとつになるものだと考えている。
本来、人を信じるということは
エビセンがエビに戻るくらい難しいのだ。

そんな私は今日も悪気なく嘘をつかれても
人命に関わるほど嘘をつかれたとしても
人を信じる心を持ち続け、自分を信じて進んでいく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?