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「 」①

20××年、某日。

わたしは死んだ。

配偶者も子どももおらず、死後の処理をしてくれたのは唯一の肉親である妹だった。
最期まで面倒をかける姉で申し訳ない思いと共に、こんな姉でも涙を流してくれる妹の姿に、ほんの少しだけ笑みがこぼれた。

自分の死後の情報をなぜ知っているのか、不思議に思う人もいるだろうか。
わたし自身、これが現実であるのか幻であるのかはっきりとはわからないが、答えは目の前にあるブラウン管テレビだ。

時は遡り体感で数時間前、目を覚ましたわたしの前に唯一存在していたテレビ。
人気のない暗闇の中、ぼんやりと映し出されている映像は、NICUで管に繋がれて微動だにしない新生児だった。周りの大人たちは皆、あっちへ行ったりこっちへ来たり、忙しなく動いていた。
実に対照的な映像である。

映像が切り替わり、次に映し出されたのは綺麗に飾られ大層不機嫌そうな赤ん坊だった。周りの大人たちはあの手この手で笑わせようと躍起になっていた。
見覚えが、あった。
昔、アルバムを見ながら母から聞いたことがある。お食い初めのお祝いで記念写真を撮ったが、何をしても笑わず大変だったと。

なるほど、これはわたしの記録なんだ、と理解するのに差程時間はかからなかった。
同時にズキリと心臓の辺りが痛んだ。
テレビの中のわたしはどんどん成長していく。
幼稚園に入園し、小学校へと入学した。

わたしの記憶は、記録にも残っていた。

中学、高校を卒業し、何をするでもなく日々を過ごし、誰に看取られるわけでもなく最後を迎えた。
実に味気のない平凡な人生だ。

どれくらいの時間その映像を見ていたのかわからないが、見終えたわたしはぐったりと疲れていた。

「お疲れ様です。準備が整いましたので、どうぞこちらへいらしてください」

人の気配は無いのに、後ろからそう声をかけられびくりと体が強ばる。
恐る恐る振り返ると、柔和な笑みを浮かべた女性が一人立っていた。

「どうぞ、こちらへ」

表情とは裏腹に強い口調で促され、従わざるを得ない気持ちに駆られる。
先導されるまま、時間にして10分ほどだろうか。何も無い空間に、唐突に飾り気の何も無い扉が現れる。

「中へどうぞ。入ったら右手にある装置を説明書きのとおりに装着してください」

女性はそう告げると、ふ・・・とその場から姿を消した。
何が起きているのか理解の追いつかないままその場で立ち尽くしていると、先程まで女性の立っていた場所にモヤが現れ徐々に女性の形を生していく。

「中へどうぞ。入ったら右手にある装置を説明書きのとおりに装着してください」

一言一句違わぬままだけれど、語気を強めて投げつけられる言葉。今度は見送られたまま、わたしは扉の中へと入った。

「右にある装置・・・って、これ? VRみたい・・・」

整然と並べられていた機械と説明書きを交互に見比べ、記されているとおりに身につけていく。
見た目にはそれなりの重量がありそうなのに、全て装着し終えたあとも特に重さを感じない感覚に戸惑っていると、あの女性の声が聞こえた。

「お気付きかとは思いますが、ここは死後の世界です。あなたは死に、これから生まれ変わる為にいくつかの体験をして貰います。質問があれば答えますので、どうぞ気兼ねなく尋ねてください」

わたしが死んだであろうことは予測がついていたけれど、生まれ変わる?せっかく死ねたのに?

「あの・・・死んだあとって地獄に落ちたりそういうの、ないんですか?」

「魂が著しく傷ついていれば修復の為に一時的に保護することはありますが、人間が想像するような天国や地獄といった場所は存在しません。あなたの場合は特に修復箇所も見当たりませんので、このまま次に進む手筈になっております」

「せっかく死んだのに、また次? また生きなきゃいけないの?」

「はい、そうして頂かないと均衡が崩れてしまいますので。ご納得頂けなくてもこれは決定事項となりますので、他に質問がなければ先に進みたいと思います」

何度も折れかけて、その度に交わした約束を思い出して生き抜いたのに。
やっと死ねたのに、まだ終わらないんだ。

「・・・なさそうですね。それでは改めて説明に移らせていただきたいと思います」

突きつけられた現実にただ呆然と立ち尽くす。
心臓の辺りがズキリと痛んだ。

何かのきっかけのひとつにでもなれたなら嬉しいです\(*ˊᗜˋ*)/♡ヤホー