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「 」②

死んだ後でも脈があるのかと錯覚しそうになるほど、中心から末端にかけて、一定のリズムで痛みが走る。
痛みは生きるために脳から送られる信号だと耳にしたことがあったが、あれはデマだったのかと疑いたくなるほど、徐々に大きく、大きく。

「アカシックレコードというものをご存知でしょうか?」

聞き慣れた耳鳴りに重なって、女の言葉が脳内に置き去りにされる。
聞きたいとも理解したいとも思わないのに、聴覚を支配される感覚に悪心を催す。

「この世界で起こる出来事は、すべてアカシックレコードに刻まれている記録をなぞっているに過ぎません。あなたも私も、いうなれば蓄音機のようなものなのです。生を受け、針を落とし、ただひたすらに取っ手を回し、刻まれた通りの音を奏で続けて、潰える時に針を外す。そうしてまた別の音を奏でる。奏で続ける」

「・・・は?」

記録を、なぞる?

「じゃあなに、死ぬまでの間わたしの身に起こったこと全部そう決まってたってこと?」

自分のものとは思えないほど冷たい声が出る。

「・・・っ、大切な人を裏切ったのも!思い続けたのも!全部決められてたからだっていうの!?わたしの気持ちじゃないっていうの!?」

耳鳴りがうるさくて、かき消したくて、声を荒らげる。

「そうですね。今あなたが激高しているのも記録にある通りです」

この女はわざと神経を逆撫でするような言葉を選んでいるのだろうか。

「歯車が欠けては記録が途切れてしまいます。新たな生が始まれば、ここまでの記憶は全て消去されますのでご安心を」

「なに、それ・・・」

それじゃあまるで、ただ大切な人を裏切るためだけに生まれたようなものじゃない。

「大丈夫ですよ。あなたの生まれ変わり先は次も人間のようですが、何も同じ人生を繰り返す必要は無いんですから」

「・・・次も人間ってなに?誰が決めたの?もう人間なんてやだ」

ぬるりと頬を濡らす感触。
死んだ後でも涙が流れるんだと知的好奇心を擽られ、少しだけ冷静さを取り戻す。

「あなたの場合、魂が人よりも頑丈なようです。おそらくあと三回ほどは人間の生を繰り返すことになると思いますよ」

「・・・人を物みたいに言わないでよ」

「これは失礼いたしました」

感情に振り回されるわたしと違い、終始抑揚のないトーンで言葉を置き去りにする女との対比に、面白くもないのに嗤いが漏れる。

「もういい、疲れた。人間でもなんでも早く終わらせて」

これが夢なのか現実なのかはわからないけれど。
夢ならば、今まで繰り返してきたどんな悪夢よりもタチが悪い。早く目覚めて、ただ温もりを分けて欲しい。
現実ならば、今まで経験してきたどんな出来事よりも残酷だ。早く生まれて、ただその場で殺して欲しい。
今はただ、一刻も早くこの場から消えてなくなりたい。

「ご納得頂けたようで何よりです。それでは生まれ変わる人生を選んでいただきたいのですが、ご希望はございますか?」

「・・・は?」

「あなたの望むままの人生を選択していただきたいのです。魂の強度が優れていると言っても、意にそぐわない人生は損耗も激しくなってしまいます。こちら側としても保護や修復など、要らぬ労力はかけたくないのですよ」

どうしてこの女はここまで徹底してわたしの神経を逆撫でするのか。

「いきなり望む人生を、と言われても困惑されるでしょう。五回まででしたらあらゆる人の人生を体験していただけますので、遠慮なく申し付けください」

「こんな装置まで身につけさせて、体験?ここは遊園地か何かなの!?人を馬鹿にするのもいい加減にしてよっ!!」

眩暈がするのは先程から大きな声を出しているからなのか。
呼吸をしている感覚はないのに、肩が大きく上下する。
死後の世界とはかくも不可思議な場所らしい。

「特定の人物から選択するのが難しければ、職業から選択していただくことも可能です」

「だからっ、馬鹿にするなって言ってるでしょ!!なんでわたしなの!?このまま死なせてよっ!!」

嗚咽が漏れる。涙が流れる。
目の奥が明滅し、喉の奥が締め付けられる。
頭の中が白く濁っていき、まだらに黒く染っていく。

「・・・死んだら、迎えに来てくれるって」

膝から崩れ落ちるなんて、生前と合わせても初めての経験。

「だから死にたくなっても、生きたのに・・・」

「諦めてしまった夢をまた追うもよし、嫉妬と羨望を向けた相手に取って代わるもよし、愛した人間に愛された人間に成り代わるもよし、次の人生を選ぶのはあなたです」

「死なせてよ・・・」

「あなたは死んでますよ」

死んだ上でなお、死にたくなるなんて、人生何が起こるかわからない。
それを面白いと受け取る人も多くいるだろうけれど、わたしはうんざりだ。この問答諸共、早く終わらせたい。

「・・・選べばいいの?」

「はい、あなたの望むままに」

わたしの望み?
そんなの決まってる。

何かのきっかけのひとつにでもなれたなら嬉しいです\(*ˊᗜˋ*)/♡ヤホー