見出し画像

JAWS DAYSで人生が変わった話

今週末はいよいよJAWS DAYS 2021が開催!

JAWS DAYS 2021に参加するだけじゃなくて、運営とか何かしら関われたらと思っていたけれど、タイミングを逃してしまい、せめてブログで応援できたらなと #jawsdaysで人生が変わった話 を書きました。

AWSとの出会い

「AWSはいいぞー。JAWSってコミュニティもすごい。」
2013年か2014年くらいだったか、飯田橋で同僚と呑みに行った時に、既にAWSに関わる仕事をしていた三人に熱く語られたのだけれど、長らくメールシステム開発に携わってきて、まだオンプレとウォーターフォールの沼にずぶずぶだった頃で、ピンと来なかったのだけど、その熱量だけは伝わってきて、いまだにあの日の記憶は鮮明に残っている。

その後、OpenStackでのプライベートクラウド構築に関わって、仮想環境だったりクラウドの概念みたいなものが少し理解ができるようになった頃、2016年に突然auでんきアプリ開発チームを立て直す役割を担うことになって、いきなりAWSだったり、アジャイル開発で20人くらいのチームと一緒に過ごす日々がやってきた。とにかく分からないことだらけだし、技術的負債が積もって難題や障害が次々とやってくるし、ぼくもチームもなんとかなるようになるまでに、2年くらいかかったと思う。

AWSウルトラクイズでまさかの!?

AWSのことも開発していたシステムと格闘しながら学んではいたけれど、うちのボスが基調講演に出るらしいとAWS Summitというカンファレンスの存在を知って、AWS Summit Tokyo 2018で初めてAWSのイベントに足を運んだ。セッションの内容はほとんど覚えていないけれど、re:MIXで開催されたAWSウルトラクイズで、あと1問正解したら賞品のラスベガスで開催されるAWS re:Inventチケットが当たるところまで勝ち抜いて壇上にも上がったけれど、最後の問題「AWS snowballの重さは次のうちどれ?」で不正解(覚えてるかい!)。残念ながらラスベガスへの夢は断たれてしまい未だに叶っていない。

画像3

コミュニティとの出会い

2018年に社内の有志で社内向け(Tech-in)と社外向け(Tech-on)のコミュニティが立ち上がる話が聞こえてきて、ぼくは興味はあったものの、運営メンバーには名乗り出なかったのだけれど、立ち上げ事務局をやっていた同僚が手違い?でぼくにも初会合の連絡メールを送ってくれたので、のぞきにいった流れで、Tech-onの運営メンバーをやることになった。

それまで社外の勉強会やコミュニティというものに、全く参加したことがなかったけれど、かつて「AWSはいいぞー。」と熱く語っていた同僚のひとりがこの社内コミュニティ立ち上げの発起人で、またもや「社外の勉強会とかコミュニティはいいぞー。」と熱く語っていて、Tech-onを運営しながら勉強会の雰囲気に慣れてきたくらいに、Tech-on MeetUp#04「APIでつなぐ・つながるFinTecher」の会で登壇をお願いした小島さんが運営されていたCMC_Meetupに参加することに。懇親会とスタッフだけの二次会にも参加させてもらって、小島さんが当時関わっていたABEJAにいた友人も二次会に合流したり、Tech-on以外の初の社外コミュニティ参加がいきなりディープなものに。

画像6

初のJAWS参加がJAWS DAYSで登壇

JAWS-UGのイベントには確か参加したことがないまま、いきなりJAWS DAYSのスポンサーセッションに同僚と登壇することになって、登壇することも初めてだったけれど、ちょうど少し前にScrum Inc. Japanのスクラムの事例紹介のビデオの収録があったり、専門誌の取材が続いて、人前で話す機会が急に増えてきていた。

JAWS DAYS 2019前夜祭

JAWS DAYSの登壇者は、前夜祭にも参加できる。
Tech-on/Tech-inの運営も一緒にやってる同僚がJAWS DAYS 2019の運営メンバーだったので、「前夜祭が楽しいから絶対に参加した方がいい。」といわれ、それを信じて参加。完全アウェイと思ってたけど彼らがいて少し安心。

画像7

Tech-on/Tech-in AWSで馴染みの人も少しいたけれど、自分からはあまり話しかけられず、馴染みの人がいたりいなかったりする話の輪に近づいてみたりするのが精一杯。前夜祭自体はそんなに楽しめずに終わったと思う。

このままあまり交流ができずに前夜祭が終わるのが少し寂しかったので、2次会に行きそうな人たちに思い切って声をかけてついていくことに。その時ついて行ったのがタイガーことかなちゃんとかAWSKRUG(AWS韓国ユーザーグループ)のみなさんで、東京のJAWSなみなさんと交流する前に、いきなり関西だったり海を渡ってしまったのだけれど、AWSのユーザーは世界中にいて、同じサービスを使っているということだけで国も所属する組織も越えて共通の話題があるし繋がれる。今では当たり前のことに、この時まで全く気づいていなかった。

JAWS DAYS 2019当日

五反田の駅で降りた記憶は、かつて開催されていた東京デザイナーズウィークくらいで、全く土地勘もなく、Google Maps頼りに思っていたよりも遠くて人気もあまりない方へと歩く。会場に近づくと参加者らしき人たちも三々五々集まってきていた。

所狭しとブースが並ぶ部屋の一角がOpenMicのスペースで、セッションによっては立ち見客も出るほど盛況な他のTrackの会場に比べると気楽な感じ。二日酔いでの初登壇も無事完了。写真も撮ってツイートしてもらえたのが嬉しかった。

至高のCI/CDパイプラインを語るToriさんとIaCに疲れた村主さん

セッションの中で印象に残ったのは、当時ぼくたちのチームもCI/CDとかIaCに悩んでいたので、Toriさんと小西さんのセッションと、ABEJA村主さんのセッション。その日はToriさんが帰国できずで、急遽小西さんがToriさんのスライドも担当。Toriさんバージョンは確かre:Capイベントで聞けました。

「プロジェクトで一番最初に作るべきはパイプライン」って言葉が当時は胸が痛かったけれど、今のプロジェクトではこの言葉を実践できたので、小西さんの実践編も含めてすごいよくわかる。後に参加したJAWS-UGアーキテクチャー支部のCI/CDについての議論会にもこのセッションで興味を持って参加しようと思ったのだった。

CI/CDは最初から必要ってことがわかった後で、村主さんのIaCはIaCすることが目的になるとしんどいから、コスト対効果を考えて、リファクタリングもしすぎないようにやろうね。って話を聞く。つよつよな人たちは、CI/CDと同じで、IaCもやるのが当たり前って言われるのかと思ったので、この時は少し安心した。今は多分この時よりも世の中に参考にできるコードが増えているし、STG環境とPRD環境とか同じ環境を作る時にやっぱりIaCは必要かなと思ってる。

Tech-onの宣伝も残してきた

次回Tech-onも翌月開催だったので、ホワイトボードで告知。
今見ると小さいね。

画像2

JAWS DAYS当日も五反田の街へ

この日も昨日知り合ったみなさんに昨日よりは図々しくついていって、東京の皆さんとも話せたり、最初は他のお店に行っていたAWSKRUGのみなさんとも合流。Hanjinさんはぼくの拙い英語でもいろいろ話を聞いてくれて、最後に記念撮影。またリアルで開催できたら東京か韓国で会えますように!

画像3

JAWS DAYSで人生が変わったのか

JAWS DAYSに参加しただけだと人生が変わったとは言えなかったかもしれない。登壇もしたけど、スポンサーセッションだと見てくれた人もそんなに多くはなかったし、誰かの役にも立てたとは言えないかもしれない。それでも、セッションで聴いたことは、その後の自分のチームでも実践したし、前夜祭でも当日も本編だけで帰らずに、懇親会へとついていく勇気が出せたことで、キャズムを超えて、CLS高知への不可逆な流れができたし、各JAWS-UG支部の勉強会も含め、急速にコミュニティのイベントへと足を運ぶようになったのだ。オフラインで会えない去年も今年もSNSを通じて、この年に繋がったみなさんとの交流は続いていて、JAWSだけじゃないコミュニティなみなさんとも繋がりが広がり続けている。JAWS DAYSに参加すること、最初の繋がりの一歩を踏み出すこと、そうすればきっと人生は変わるはず!


よろしければサポートお願いします。いただいたサポートは、コミュニティ活動や、インプットに使わせていただきます。