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好きなこととできることが一致しない、でもみんなとフットサルがしたい

私の所属するチームのユニフォーム、一見カッコよく見せといて美味しそうな感じのユニフォーム。まあちょっと種の形がへんだけど。
私はまあまあすき!食べるスイカもうちのユニフォームのスイカも。でもどっちかひとつ選ぶように言われたら差し入れはメロンでお願いしたいです。()

今は精神疾患を抱えた方が参加できるフットサルチーム、ソーシャルフットボールのチームに所属していてフットサルをしています。⚽️近々ソーシャルフットボールの全国大会があって佐賀に行きます。良かったら私たちの大会のPV見てください😌

前置きはこのあたりで。()


好きとできる
やりたいとできる
必ずしもイコールじゃない。
誰だってそう。
なにかを諦めた他者はたくさんいるはず。

「できる」にはやりたい気持ちや努力、それに加えて生まれ持ったセンスや運、いろんな要素が絡まりあって「できる」が生まれるのだと思う。

生まれて23年と半分くらい。
ずっと付き纏わる私の問題。
スポーツが好きなのに運動ができない。身体が動かない。

8歳で本格的にスポーツをはじめた。
12歳で動けなくなった。
それ以来いまでも定期的に動けなくなる。
スポーツをする場所に向かうことスポーツをする箱に入ること、とても心臓が早くなって頭の中がうるさくなって、その音に勝つように自分で音を鳴らすけどうるさい。たまらない。逃げたい。苦しい。悔しい。

最初に発症した時の要因?発症を誘発したもの、動けなくなった理由、それはひとつじゃなくていろんなものが絡まりあってそうなった。

環境面:すぐに手のでる指導者のもとでの練習…。逃げられない状況。身体が緊張する環境。
身体面:ストレスを溜め込みやすい、自分で発散できない体質。
心理面:完璧主義。失敗しちゃいけない。負けちゃいけない。認められたい。人の目を気にする。

運動ができないのは、私がだめな奴だからじゃないし、私が弱いからだけじゃないし、私の頑張りがたいないわけでもないし。もちろん監督が全部わるいわけでもなかった。

仕方の無いこと。

子どものころから宇宙飛行士を目指していた人がいて、でも身長が伸びなかった。宇宙服を着れる身長にわずかに届かなかった。あんなに努力したのに宇宙飛行士の試験を受験することはできなかった。

仕方の無いこと。

みんなそう、生きてる限り、いろんなものに落ち込み、憤り、悔しみ、受け入れ、諦め、前に進むんだと思う。諦めることは負けじゃない、前にすすむために大事なこと。

私はどうするよ。


スポーツは続けてきた。ずっと。中学も高校も。諦められなかった。度々身体が動かなくなっては体育があると学校を嘘ついて休んだり、部活の時間が近づくと吐き気がしてきて早退したり、休部もした。でも諦められなかった。それがないと友達もできないし。中学も高校も教室では友達は少なくてでも部活にいけばいっぱい喋れた。中学も高校も卒業できたのは部活のおかげでもあった。
これを諦めると学校での居場所がなくなる、頑張る目標がなくなる、楽しみがなくなる、他に趣味や頑張ることがなかった分、視野が狭かった分、スポーツに依存していて、だからしんどくてもスポーツから諦められなかったし、離れられなかった。逆に言えばスポーツに支えられてここまで生きてきた。

好きだから続ける。
好きがあるから生きられる。

同時に

続けることで苦しむ。
続けることで生きづらい。


訳が分からん。どうしたらいいん。何が正解。答えのない問いを見つけ出してしまった。


ずっとずっと13才の私も、15才の私も、17才の私も、19才の私も。好きを続けようともがいてた。

まずは環境面を変えた。地元からは離れたかった。もうここでは身体を動かせない。指導者から受けたトラウマの数々から逃げたかった。そうすることで再び身体は動かせるようになると願った。

答え合わせの結果は、環境を変えてもまた身体は動かせなくなった。

次に身体面と心理面に働きかせた。不安や緊張を感じない身体にしようとした。方法は睡眠薬を過量服薬すること。不安や緊張、プレッシャーなどは無理やり感じないことにした。

答え合わせの結果は、薬物依存症になって精神科病院へ入院することになった。

環境を変えたり、薬を使ったり、部活や体育の授業を休んだり、その場しのぎの解決策をたくさん試みていたなと振り返る。正解ではなかった。
そのことを、でも、やっぱり、なんとかかんとか好きなスポーツを続けようと模索してた私を認めたいし、当時の私にはそれが正解やったのかな。


23才の私も、もがいてる。

今はソーシャルフットボールのチームに所属して同じく精神疾患を抱えるチームメイトと支えてくれるスタッフの中でスポーツに取り組んでいる。

今も同じように同じような問題が出てきた。

今度の回答は、身体面を強化すること。
鼓動が早くなること、吐き気や緊張、頭の中がうるさくなること、今度は睡眠薬では乗り越えたくなかった。
いっぱい走った。夜遅く一人で走った。走っていると安心した。ときに声を出して走った。頭の中のうるさい音をかき消すように走った。
練習に向かう道中、動悸や吐き気、緊張感に見舞われても頑張ってるから大丈夫、体力はチームで1番あるから大丈夫と言い聞かせた。

答え合わせの結果は、足が痛くなって、関西大会では思うようにプレーできなかった。

まだ諦めない、次の回答は、心理面を整理すること。
不安や緊張といった身体的な症状があらわれるのは、チームの中で他者から認められたい気持ちや失敗してはいけない完璧主義なところ、自分の心理面からきている。
自分の参加する自助グループのミーティングでそんな自分の欠点をなんども言葉にして吐き続けた。

答え合わせの結果は、自分の弱さを受け入れることはできた。でも、身体的な症状は日に日に強まってきた。

もう諦めたい。諦めていいと思う。全国大会で終わりにしよう。



私にとって、
リカバリーって。
仲間って。
ウェルビーイングって。

スポーツとは離れたところで考える機会を得た。
それからチームメイトとチームのことも話した。

やっぱり諦めたくない。



23才の私の次の回答は、環境面を修正すること。
自分がもっと相談しやすいチームだったらいいのに、フットサルを楽しめるチームだったらいいのに。スタッフやチームに目を向けた。チームメイトやスタッフに話した。

どんな結果が待ってると思う、結果はバツ。自分の問題を他人になすりつけただけ。いちばんダメ。

苦しい走りに行っても走り続けられないこと、頭の中がうるさいこと、自分を認められないこと、他人に認められようとすること、でも身体が動かないこと、認められる云々のレベルにすら達しない自分。教えてもらった他人は対して私に興味無いこと。でも私は他人にしか興味ないんかな。他人がきになって仕方ない。上手くいかない。ぜんぶぜんぶ、自分のことチームのこと、大会が近いのにぜんぜんいろんなものが遠くなるいっぽう。近くにいる人にぶつけた。不安じゃなくてイライラのほう。人のせいにした、今しんどいのは自分のせいじゃないってことにした、逃げた。また。もう何回目か。いつもそう。ほんとに最低な人。


そうじゃない、好きを続けるためにもがいてたのは認めるけど、全部そうじゃない。

次の回答は…

この症状や問題は私一人が悪い訳じゃなくて、同時に環境だけが課題なのでもない。
だから一人で問題を解決しようとしてもいけないし、誰かにすべてを押し付けても上手くいかない。

お願いすること。助けてもらうこと。その中で自分自身が成長していくこと。のような気がする。

でも分からない。できるかどうか、どうやればいいのか、合ってるんかどうか、まだ分からん。

でもこれまでもいろいろ分からんことがあった。
入退院の繰り返しをやめて地域で生活する方法も分からなかったし、薬物依存症である私が薬をやめていく方法も分からなかったわからなかった。でも支援者や周囲の仲間に助けられて自分で歩んでこれた。だからフットサルができてる。同じように一緒に考えてもらうお願いをしたい。

答え合わせの結果は、またいつか。

諦めることは負けじゃないよ、前にすすむために必要なこと

そう声をかけられたことがあった。
そうなのかもしれない。
スポーツを諦めることで今よりもいくらか小さい波で生きていけるのかもしれない。
でも、たぶん、私はスポーツがないと面白くないなと思ってしまう。どうして薬をやめるのか、どうしてリカバリーに取り組むのか、分からなくなってたと思う。
だから、前にすすむため、生きていくために、スポーツを諦めたくない。

スポーツという楽しみを高められる環境があること、一緒に取り組んでくれる仲間がいること、支えてくれる、頼ることのできるスタッフに囲まれていること、これまでもこれからも感謝の気持ちを大切にしたい。

ソーシャルフットボールを通して、このチームの中で、自分自身も変わっていきたいし、チームの成長の中の、スイカの種のひとつくらいになりたいなって思う。時間の許す限り。
チームが長く続いていくなかでいつか美味しく熟したメロンのようなチームになるんかな。いや知らんねんけどね。いろんな選手やスタッフで構成されたスイカはいつだってごろっと別のものになれるはず。どこにでも転がっていくはず。()


【追記・弱音】
練習で泣いた日からいっぱい泣いた後の感覚、しんどさのようなもの、少し息が浅くて、目の奥が少し熱くて、頭がはっきりとしない感覚が未だにひかない。疲れ?呼吸器系の問題?

はっきりと糸が切れた。ずっとずっと練習に向かう電車が辛かった。パニック障害のようなもの。息が浅くなって、ドキドキして、頭がうるさくなって、体育館に入るとまた一層上がる。練習に集中出来るとおさまる。小学生の頃からずっとあるもの。薬に逃げずになんとかなんとか頑張ってたのが、緊張の糸が切れた。

切れたら不安や恐れも全部なくなるのかと思ってた。でもそんなことなくて、泣いた後のしんどさもこのパニック発作のようなものも。眠れない。寝る前にあれこれ考えてしまう。次は吐き気がしてきて眠れない。もう辛い。どうしようもない。

いつも私のフットサルの話を聞いてくれていた支援者が2月に施設を離れていった。もう話を聞いてくれる人がいない。いつも話を聞いてもらうことで気持ちの整理を付けてきたし、ストレスを体の外に出してきた。

チームメイトやスタッフに相談すべきこと…。ずるいよね。最低。いつも逃げる。そして誰も聞いたくれなかったと自己憐憫に浸る。助けてって言わないのに助けてほしかったと言う。昔から変わらない。自分の行き場を作れないこの気持ちを4800字をnoteに綴ることしかしない。

変わりたい。ほんとはフットサルを楽しくやりたいからこんなにも迷うし悩む、、。
自分が変わるには他者との関わりを自分から掴みにいく必要がある。パソコンに向かってる場合じゃない。いつも1人で考えるだけ、1人で言葉にするだけ、実際に行動はしない。実際にする行動は自分を殴ったり壁に穴開けたり。抜け出したい。もう辛いから抜け出したい。抜け出すのは自分だし行動するのも自分やねん。

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