ハンバーガー売りの少年

家から徒歩圏内に乗馬クラブがある。

住宅街にぽつんとあるものだから、最初はこんなところに乗馬クラブ?と驚いた。

平日の夕方や週末には、小学生~大人までそれなりに人が出てくるのを見かけるので、そこそこ人気があるのだろう。

そんな乗馬クラブに一度だけ足を運んだことがある。

昨年の8月末、ちょうど産後3週間が経った時だった。

帝王切開の傷口の痛みが徐々にマシになり、少しずつ家の近くを散歩し始めていた頃。

乗馬クラブでイベントをやるというチラシが投函されていた。

乗馬クラブの生徒による障害競走を見学できたり、乗馬体験ができる、BBQもあるよ、誰でもウェルカム!という内容だった。

その時、義母が産後の手伝いに来てくれていたので、私、夫、義母、息子の4人で行ってみることにした。

乗馬クラブは入り口だけが道路に面しており、フィールドに着くまでが駐車場になっているので、実際に中がどれくらいの広さなのかは見当がつかなかった。

駐車場を抜けると、馬が走り回れるフィールドが3面、奥には馬が歩けるちょっとした草地が広がっており、想像よりも広々としていた(ちなみに馬は30頭弱いるらしい)。

イベントは乗馬クラブの生徒とその保護者、近隣住民でそこそこ盛況だった。

到着した時には、入り口近くのフィールドで生徒と思わしき小学校高学年の女の子が障害競走をしているところで、馬が障害をクリアする度に歓声が上がっていた。

奥に歩みを進めると、草地の手前にあるフィールドでは生徒たちが自由に乗馬している。

その傍らで、コンロを並べて何やら焼いているのが見えた。

近づくとそれはハンバーガーだった。

中学生くらいの少年が一人で黙々とパテを焼いていたので、いい匂いにつられて一つもらうことにした。チャリティーなので無料でいいそうだ。

成人男性の片手くらいあるかなり大きいバーガーで、炭酸飲料もついてきたので、これで3人分のランチが賄えそうなくらいだ。

乗馬クラブの生徒は白人が大半だったが、この少年はヨーロッパ以外の地域にルーツがある見た目をしていたことや、ラフな服装をしていたこともあり、乗馬クラブの生徒ではないのだろう。

近くのベンチに座ってバーガーを食べることにした。
これが中々おいしい(ちなみにイギリスのスーパーには色々な種類のパテ、バンズが売っていて、家でバーガーを作ってもとても美味しい)。

軽やかに走る馬を見ながら食事を楽しんでいると、少年が両手にバーガーを乗せた皿を持って近づいてきた。先ほどパテを焼いていた少年よりも幼く、小学校中学年くらいだろうか。肌の色や雰囲気が似ているので、もしかしたら弟かもしれない。

少年は開口一番、「3人なんだから、あと2皿必要でしょ?これもらって!」と言ってバーガーを差し出してきた。

私たちは「今食べてる分で十分だよ、ありがとう」と返したが、中々引き下がらない。

少年「Take it!」
私たち「Thank you, but we are full.」
少年「That’s not enough for three people!」
私たち「It's fine, we are leaving soon.」

一回いなくなったと思っても、また2皿持って同じことを言ってくる。
また言い返して、いなくなったらまた来る、の繰り返しだった。
どうやら目をつけられてしまったらしい。

何度かの押し問答の末に、最後は夫が一言ピシッと言い放ち、諦めて他の来場者にアタックに行った。仮にも大の大人に追い払われて、普通だったらしょげそうなものなのに、彼は終始あっけらかんとしていた。

なぜそんなにバーガーを人に渡したいのだろう?無料なので、人に渡った分だけ収益がでる訳でもないし、食材を余らせたくないというフードロス反対的な思考までは至ってなさそうだった。結局この点は謎のまま。



そんな少年を見て、義母は、なにか知的能力に問題があるのかもしれないね、と話した。こんなに断っているにもかかわらず、何度もバーガーを押し付けてきたら、そうであっても不思議ではない。

だが、それを聞いた夫はこう言った。世界には、あの少年みたいに、他人の意見を一切聞かず、図々しく自分の主張を押し通そうとする人が沢山いる。これは偏見かもしれないが、少年の見た目から推測される出自を考慮すれば、これが彼らにとっての基本のコミュニケーションスタイルだとしても何も違和感はない、と。

この二人の議論が無ければ、私は義母と同じ意見だったと思う。これが彼らのコミュニケーションスタイルだと言えるほど、そこまで押しつけがましい人々に接したことがないのだ。


もし自分ひとりだったら、なんだか可哀想だしと思って少年の圧に負けて、バーガーをもう一つ食べていたかもしれない。

一方夫は、アジア的な「思いやりの心」が通用しない人々と接することも多く、日本人からするとありえないレベルで自己中心的な思考の持ち主には割と慣れている。そういう人達に対してはこちらも適切な対応をしないと、流されて自分たちが困ることになるということだ。


一見冷たくも聞こえるが、要らないとこちらが伝え続けたら少年は別の客にアタックしにひょいと消えていったので、そんなもんなんだろう。
相手を思いやりあって結論を導くコミュニケーションスタイルも、自分の意見を主張しまくって決着をつけるコミュニケーションスタイルもあるのだ。


何度もきっぱりとNOをいうことは苦手だが、それが対等なコミュニケーションになり得るのであれば、そう伝える方がむしろ親切なのかもしれない。


これを読んでくれているみなさんは、バーガーを押し付けてくる少年に出会ったら、どのような対応をするだろうか。


日本人のうち何%が少年の圧に負けてバーガーを貰ってしまうだろうと気になってしまった。


おわり

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