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【読書日記】 神(カムイ)の涙 馳星周著

どこにでもある、というと失礼ですが、ひと言で要約するなら「家族愛」を感じたお話です。

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自身がアイヌ民族であることを誇りに思っている祖父・平野敬蔵、アイヌであることが嫌な孫娘の悠、アイヌの血が流れていることに助けられる尾崎雅比古。
3人がそれぞれを思いやり、自分の価値観を脱ぎ捨てることで家族がひとつになる、そんな結末のストーリーでした。

ざっくりあらすじ

両親を交通事故で亡くした15歳の悠は、祖父に引き取られて北海道・屈斜路湖郊外で暮らしている。
両親と札幌で暮らしていた時は自分がアイヌだと知らなかったが、敬蔵に引き取られて初めてそのことを知った。

ある日、木彫りを生業としている敬蔵のもとへひとりの男・尾崎雅比古が弟子入りしたい、とやって来た。
弟子は取らない、とそっけなく断る敬蔵だったが、雅比古にはどうしても確かめたいことがあり、敬蔵の手伝いを始める。
近隣の人たちの口添えで雅比古はホテルに職を得て、休みの日に敬蔵のアトリエに通う生活が始まった。

雅比古は、福島の実家で母親が大切にしていた木彫りの熊について知りたかった。
自分のルーツが北海道にあることは知っていたが、母が大切にしている木彫りの熊と、時おり口ずさむ旋律について尋ねる前に東日本大震災が起こり、原発のせいで仮設住宅暮らしを余儀なくされた母はやがて亡くなってしまった。
雅比古が北海道物産展で敬蔵が彫った作品を見かけ、それが生前の母が大切にしていた熊を彫った人物だと直感し、敬蔵のアトリエにたどり着いたのだった。

雅比古にはある秘密があり、北海道に来たのはそのことから逃れたい思いもあったが、日々、敬蔵と過ごす中で自分の罪と向き合う気持ちが芽生えてきた。

敬蔵の誇り

アイヌに誇りを持ち、

「自分を日本人だと思ったことなど一度もない。なぜなら、日本という国に大事にしてもらったことがないからだ」

と言い切る敬蔵のことばが、「アイヌ民族も日本人」と当たり前に思い込んでいた私には衝撃であり、「そうか、それもそうだ」と納得するひと言でもありました。
(テレビ番組で大問題になった事案が記憶に新しい)

山行き

猟師でもある敬蔵は、ある日、雅比古を連れて木彫り用の丸太を探しに出かけます。
敬蔵は、昨今、猟師が減っているのでエゾジカが増えていること、クマ撃ちの猟師も減っているので熊も増え、激増しているエゾジカが餌になるから冬眠しない熊が増えており、熊が人里におりて来て人間が襲われる事故がこれまた増えている、と説く。

私はなるほどな、と思いましたね。

北海道でヒグマが町に出てきて大騒ぎになっているニュースを時々見るからです。
今では野良犬すら見かけない時代なので、野生の熊なんかに出くわしたらどうしたらいいのか・・・。

敬蔵さん曰く、クマ撃ちが減っているから熊よけの鈴など、意味をなさないそうです。

鈴は鉄、鉄は鉄砲、鉄砲は人間、と熊はわかっていたから鈴の音が聞こえると逃げたけど、今時の熊は人間が怖いものだと知らない。

それもこれも山に所有者が存在するようになり、アイヌが自由に山には入れなくなったからだ、と言う敬蔵。

この山行きで、雅比古は自分のルーツをはっきりと知ることになります。

アイヌ民族と和人

私は日本人はNative Japaneseと、古来まだ日本と(ユーラシア?)大陸が繋がっていた時代に、大陸から渡ってきた民族が混じって今日の日本人がいると思っています。
沖縄や奄美諸島、鹿児島の人たちや北海道の人たちは顔立ちが濃いので、きっとずっと日本にいるnative Japaneseの遺伝子を引いているんだろうな、と。
私にとっては、アイヌ民族は数あるヒトのひとつのルーツである以外に考えはありません。
この小説を読んで、アイヌ民族とか和人とかどちらが上、下、なんてことはなく、どちらがどちらを尊敬するなんて大げさなことでもなく、ただただ私たちはみんな何らかの人種に属しているんですよね、と思えたらそれでいいのではないか、と思いました。

あとがきで、唯川惠さんが

北海道出身の作家として、アイヌ民族について書くことは避けて通れない、

と言うような事を書いておられます。

作者の馳星周さんといえば、「不夜城」で衝撃を受けました。

当時、私は東京の荻窪に住んでいて、新宿は食事やショッピングに行くのに近くて便利な街でした。
歌舞伎町にわざわざ行くことはありませんでしたが、大久保には行きつけのあかすりサウナがあったので、歌舞伎町の外側をかすめて歩くことはよくありました。

歌舞伎町は雑多で賑やかで薄汚い、これぞ大都会、な場所で、「不夜城」を読んだ後は、日本にも海外並みに治安が悪い地域があるのだと、まだ20代半ばだった私は戦慄したものです。

「カムイの涙」は「不夜城」よりも、やさしい物語ながら、芯の部分はハードボイルド。

アイヌ民族や東日本大震災での原発事故、少女たちの友情などがしっかりと絡んだ、厳しくも後味の良い物語でした。



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