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心を満たすケーキの記憶

普段料理をしない自分が、ケーキを作るのには理由がある。


人生で初めてケーキを作った時、私は小学生だった。

いつも夕飯時のお茶の間で流れていたTV番組「伊藤家の食卓」。その中で紹介されていた簡単裏技レシピ「レモン汁を使ったチーズケーキ」に心を奪われたのだ。

画面越しに見るその白くて艶やかな見た目。出演者の人は、いとも簡単に作り上げ、みんなで楽しそうにぱくぱくと食べていた。その姿がやけに印象に残った私は「自分も作りたい!」と幼心に思ったのだった。


全く料理に関心がなかった娘が突然「ケーキを作る」と言い出して、母親は驚いた様子だった。
しかし、すぐに材料を揃えてくれた。季節は冬、バレンタインがもうすぐやってくる。そんな折に、私はそのチーズケーキを、バレンタインチョコの代わりにしようと閃いたのだ。


初めてのお菓子作りは、超簡単との前触れの裏技レシピであっても難航した。レシピを書き留めたノートを手元に、覚束ない手で泡立て器を使ったり、レモン汁の測り方を母親に聞いたり、大忙し。キッチンは悲惨な有様だったが、母親は辛抱強くサポートしてくれた。
最終的に出来上がったのは、TVでみたものよりは少しだけいびつだが、白くて美味しそうなチーズケーキ。あの時みたものを自分で再現できた喜びが、そこにはあった。





翌日、大きな保冷バックに入れて学校へと登校する私をみて、周りはびっくりしていた。中身を聞かれても「秘密」とだけ言い、ニヤリと笑った。


そして、お昼にそれを取り出し、チョコを配っている友人たちを驚かせる。「自分で作ったんだよ」と言うとさらにびっくりされる。

チーズケーキはたちまちクラスの話題の的となった。「美味しい」「もっと欲しい」とねだられ、半分から、4分の1、そして最後の一切れも売り切れた。

自分が作ったもので、TVと同じように周りに笑顔が溢れていく。そんな経験は初めてだった。心にパァッと明るい花が咲いていく。
その瞬間、私にとってケーキは少し特別なものになった。


学生時代、私のバレンタインの記憶は、ケーキと共にあった。

友人たちは、私のケーキを楽しみにしてくれていた。白くて美味しいチーズケーキ。相変わらず、年に1回しか作らないので、上達はしない。いつもキッチンを汚しながらケーキを作る。いびつな形も、美味しければOKだ。余ったりした時は家族に配った。美味しいと笑顔でみんなが言ってくれることが、このケーキを作る理由だった。





そして時は過ぎ、社会人になった私は、そんな日々をすっかり忘れてしまっていた。毎日仕事に追われる生活で、バレンタインデーも忘れる始末。誰かに何か作ることも忘れてしまった頃、コロナ禍が始まった。
私はコロナ禍を機に、さまざまな事情から実家に帰っていた。友人にも会えず、家に篭りっきりの毎日。漠然とした不安と閉塞感を感じながら生きていたそんな最中だった。キッチン周りの掃除をしていた際に、家にあったケーキの型を見つけたのだ。途端にこう思った。

「そうだ、もう一度ケーキをつくろう。」

バレンタインデーでもないけれど、私はケーキを作ることにした。


相変わらずケーキ作りは慣れない。あの頃のようにキッチンの使い方も下手だった。煩雑に置かれた材料たちと、手際の悪い自分。悪戦苦闘しながら1時間後、出来上がったのは、あの時の記憶と同じ白くてまあるいチーズケーキ。
出来上がったものを6等分して家族に配る。ケーキ出来上がったよ、というと自然とみんながリビングに集まってきた。そして、家族団欒で食べていると、「美味しい」と言われる。

嬉しかった。久々に誰かから言葉をプレゼントされた気分だった。
心が温かい気持ちで満たされていく。久々の感覚だった。

そして、あの学生時代の記憶がどんどんと蘇った。大きな紙袋開けて、友人たちに私のケーキを見せていた時を。机を寄せてテーブルにして、みんなで食べたあの味を。美味しいと笑いあったあの時を。



コロナ禍によって、学生時代からの友人たちとは会うのが難しくなり、疎遠になってしまった。このどうにもできない話せる相手も少ない
けれど、そのケーキはぽっかり空いた心の穴を、あの頃の記憶と「美味しい」という言葉達で、確かに満たしてくれた。

ケーキを作るということは、こんな記憶達と共にある。
私にとっては、少し特別で、心を満たすクッキングなのだ。


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