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異国の日々に髪を重ねて

#髪を染めた日

大学4年生の時、イギリスに留学をした。
自分の人生の中で一番の大きな決断だった。

大学3年の3月、自分の夢だったイギリス留学に向けて、私は美容院に向かった。事前に髪を切っておくべきだと過去留学した友人に言われ、留学前のToDoリストに入れていた。
お馴染みの美容院にいるいつもの美容師さんは、私の友人とも言える人で、なんでも話せる仲だった。私はついに来月から留学に行くのだと彼女に話した。そして彼女はこう返した。

「せっかくだし、染めちゃう?」

留学先ではおそらく日本のように美容院に通うことはできない。お金も十分にないだろうし、日本のように仲のよい美容師さんがいるわけでもない。
だから、元々染めずに髪をなるべく短く切るつもりだった。向こうであまり美容院に行かなくてもよいようにして欲しいと事前に伝えてもいた。

でもせっかくだし、という美容師さん提案には心が踊った。
なによりこの旅は私にとっての夢だった。少しぐらいお目かしをしたい。
私は頷いて、留学前最後の美容院で、髪を茶色に染めた。



それから1年、海外での生活はあっという間だった。
目まぐるしい日々はあっとういう間に過ぎ去り、イギリス最終日。
私は身支度をしてヒースロー空港に向かった。

ロビーについて自分の出る便を確認する。留学初日は、あまりにも広大で見知らぬ世界有数の空港で路頭に迷いながら、自分の出迎えのスタッフを探したことを思い出す。その思い出すらもまるで遥か昔のように思えた。

時間が来て、大好きだった友達とハグをして手紙を渡し合い、お別れの挨拶をしたあと、空港のゲートを通る。ここからはもう帰路が続くだけ。日本行きの飛行機に乗り込み、窓際の席に座る。
手荷物を下ろして、最後のイギリスの景色を焼き付けようと、目の前にある小さな窓を見た。

そこにあったのは、窓の外に見える空港の夜景と、
そして、髪の伸びた自分の姿だった。


留学前に染めた髪は、伸び切っていてほとんどが黒髪になっていた。
鎖骨より下にだけ残る、あの時よりも色の抜けた明るい茶色。
いつの間にか1年が過ぎて、髪の毛はここまで伸びていた。


そうだ。私はあの春の日からずっと、美容院に行く暇がないほど、日々を生きていたんだ。
そして、その瞬間、この留学の様々な思い出が走馬灯のように自分の目の前を横切った。

誰も周りに友達がいなくて孤独を感じたあの日、
初めて友達ができた日、
自分がずっと行きたかった大聖堂を訪ねた日、
周囲の語学とコミュニケーションの差に押しつぶされそうになった日。
楽しいことも、辛いことも、戸惑うことも、何もできずに立ちすくむことも沢山あった。

でも間違いなく行って良かったと思った。
喜怒哀楽をこんなに濁流のように感じる一年が、髪の毛を顧みれないほどもがいた一年が、大学時代にあって良かったと思った。
間違いなくこの髪の長さだけ、自分はこの異国の地でなんとか生き抜いたのだと思った。

飛行機は飛び立ち、住んでいた異国の夜景はどんどんと遠くなっていく。
私はこの気持ちをどうにか忘れたくないと、眼下に見える夜景と自分がうっすら映る窓をじっと眺めていた。




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