自分にとって何が一番大切か
ノマドという言葉がある。定住地を持たず、旅などをしながら仕事をしている人のことを指す。 日本でも近年一般的になってきたワードだ。憧れのワークスタイルとして、ノマドワーカーが書いた本も多数存在する。
私のイギリス人の先生もその一人で、世界中を旅をしながらオンライン教師をしていた。
そんな彼の話がしたい。
私は英語の資格試験のため、期間限定で彼の英会話レッスンを受けていた。
レッスンは60分。冒頭、大抵ざつだんをするのだが、彼に旅行について尋ねると話が止まらない。その国のオススメの場所や住んだことがあるところ、どのぐらい滞在していたかなど、実際にその場に出向いたからこその生の情報がどんどん出てくる。
英語のレッスンの時間が、半分以上その話でもちきりなこともある。(それでいいのかは置いておいて…)
そんな、ある日。レッスン冒頭の雑談で、これまでと同じように彼の旅について聞いていた。
彼のその時の滞在先は「日本」。桜前線を追いかける形で日本横断をしているらしく、やっと奈良・京都で美しい桜に出会えたと言っていた。この後は、北海道に飛び3週間滞在するらしい。日本に何十年もいる私ですら、そんな長旅はしたことがない。
ふと「羨ましいよ」と呟くと、彼は突然目を細めた。
「minoriは、旅がしたいの?」
突然、真剣になった声にドキッとしながら、「できればしたいかなぁ」と曖昧な回答を返す。
オンライン越しでも彼の雰囲気が変わったのが伝わった。
そして、彼はゆっくりと語り始めた。
「旅するように暮らすことは簡単で、誰だってできる。僕もだし、周りでそういう生活をしている人は沢山いる。」
「ただ、ひとつだけ、しっかりと考えなければいけないことがある」
「それは『自分にとって何が最優先か』ってことだ。僕は旅が最優先だった。旅ができるんだったら仕事も別にいらない、結婚も子供もなくていい。旅だけがあればいいと思って生きてる」
「だからちゃんと考えた方がいい。『自分にとって何が一番大切か』を。」
『自分にとって何が一番大切か』という言葉。
就活の時、転職の時、はたまた恋愛をしている時、この言葉を思い出す瞬間は多々ある。
お金か名誉か結婚か、様々な価値観が蔓延る現代だからこそ、自分の中で大切にしたいものを上から順に置いていく。自己分析系の本を読んで、「大切なもの」を優先順位つけしたことがある人も多いと思う。私はその点好き嫌いがはっきりしているので、心の中での順位付けは得意な方だった。
けれど、彼が話しているのは「優先順位」の話ではない。「全てを捨てても1つを手にいれる」話をしていた。
彼はその後も話を続ける。
「自分が旅をするようになってから、周りにいる人も変わった。友人の中には、僕の価値観がわからずに離れていく人もいた。
この生き方をしていると、よく疎まれたり妬まれたりする。旅をしているとそういうこともあったりするんだ。
だけど、自分は『旅』がしたかった。それが一番大切なものだったんだ。
それ以外は自分にとっては必要がない。だから旅のために生きているんだ」
この彼の言葉は、さざなみのように私の心を震わせた。
漠然と「彼の旅」を羨ましいと思っていた自分を恥じた。彼は生き方として「旅」を選び、それを選び続けるためにそれ以外のものを捨てる努力をしていたのだ。一つのものを突きつめる人からの言葉は、”生き方”について改めて考える機会を与えてくれた。
−– 私には、彼のように他のものを捨ててまでも欲しい「たいせつなもの」が、あるのだろうか。
いまだに答えはない。ただ、彼の言葉を心の大切な場所にしまっておこうと思う。いつか私の”旅”を見つけた時に。
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