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2012年7月16日

「遅くなったけど誕生日プレゼントを駅のロッカーに入れておきました。
鍵はインフォメーションに落とし物として、黒猫のキーホルダーをつけて預けてあります。
どこで落としたか聞かれたら、入り口のところ辺りと答えてください」

ライブを観ている最中、突如送られてきたメッセージで宝探しは始まった。
私に与えられた時間は家に帰るための夜行バスに乗るまでの1時間余り。
一緒にいた友人にそそくさと別れを告げ、自分の物ではない落とし物を受け取りに急いだ。

「ロッカーの鍵を落としたんですが、届いてませんか?」

たったそれだけのことを私は上手く言えていたのだろうか、嘘をつくのは苦手だ。
鍵ですかと不審そうな顔で応対するスタッフに、黒猫のキーホルダーがついてるんですと伝えると
彼はどの辺で落とされましたかと私に尋ねた。
「よく分からないけど、入り口の辺りで落としたかもしれません」
彼は私に背を向けて別のスタッフから何かを受け取った。
「これですか?」
と差し出された鍵には初めて見る黒猫のキーホルダーが付いていたが、実物を見ていない私は「本当にこれなのだろうか」と思いつつそうですと答えて鍵を受け取り、安心した所ではっと気づく。

「駅のどこのロッカーだろうか」

とりあえずダメもとで会場のロッカーへ向かい鍵と同じ番号のロッカーを発見した。
しかし鍵が合わず諦めて駅へ向かい、一番近くにあるロッカーに鍵の番号と合うものがないか探した。
その次に近い所を探し、駅構内図で見つけたロッカーは全て探したが
私の持つ鍵と同じ番号のロッカーは見つからない。
ここで時計を見ると20分経過していた。
とりあえず自分の荷物を出しておこうと地下鉄の駅へ向かい、
改札から一番近いロッカーを選んで預けておいた自分の荷物を出した。
会場のロッカーは一杯だろうし、クロークで預けると出すのが煩わしいと
駅のロッカーを何か所か周り、一番帰りの移動に都合のよさそうで
大量に空きがあった地下鉄の改札前のロッカーを選んだのである。

「もしかして…」

そこには50mはあると思われるロッカーが並んでおり
私の使っていたロッカーと鍵の番号も全然違っていた。
この中にある可能性を考えるより先に私はロッカーの番号をぶつぶつ呟きながら見比べていく。
まず自分が使っていたロッカーより右側を探した。
1区画ごとに連続しない番号が使われていて、うっかり見逃してしまわないように集中したくとも
帰りのバスの時間が刻々と近づいている。

「ごめんね、せっかくだったけど見つけられなかった」

とメッセージだけ送って、地下鉄に乗ってしまおうかと頭を過る。
でも後少し、次の地下鉄が来る時間まで。
そう決めて、自分が使っていたロッカーの左側から僅かいくつか隣に
ずっと呪文のように唱えていた番号が目に入った。
鍵をさし力いっぱい回すとガシャンと大きな音がして、
中には私の好きな色の幸運を運ぶ馬の刺繡の入った小さなバッグが入っていた。
中身を確認する間もなくバッグを取りだし、改札へ向かおうとしたが
私はもう一度ロッカーに戻る。
鍵にぶら下がったままの黒猫のキーホルダーを鍵から外し
自分の背負っていたリュックサックのファスナーに付け替えた。

バスターミナルにはすでに私が乗る予定のバスが到着していて
大きな荷物は預け、スマホとiPodとプレゼントのバッグだけ持ってバスに乗り込んだ。
余裕がなくて無視していたたくさんのメッセージに目を通すと
プレゼントの贈り主からのメッセージも届いていた。

「無事に受け取った?」

雑な説明しといて気楽なもんだよと思わず口をついて出る。

「無事受け取りました、ありがとう。1ついい思い出が増えたよ」

嘘をつくのは苦手だけど、「見つからなかった」なんて絶対に言いたくなかった。
絶対に見つけられる、そのくらい私と彼は強くつながっているはずだと信じていたし、
今でも少しは信じている。

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