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林えいだいさんの遺したもの/(「どこにいても、私は私らしく」#29)

朝鮮人強制連行などを取材し、記録してきた作家の林えいだいさんが2017年9月、他界した。映画「軍艦島」をきっかけに林さんの著書『写真記録 筑豊・軍艦島-朝鮮人強制連行、その後』を読み始め、その緻密で膨大な資料に圧倒されている間に訃報に接した。

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『筑豊・軍艦島ー朝鮮人強制連行、その後』
林 えいだい 著、弦書房 刊

亡くなる直前の8月下旬には、林さんを追ったドキュメンタリー映画「抗い 記録作家 林えいだい」が、韓国のEBS国際ドキュメンタリー映画祭で上映された。西嶋真司監督は、観客の質疑応答で、日本政府が過去の過ちを隠そうとする態度について指摘しながら、「何が起こったのかを韓国と日本で共有することで両国の関係も良くなりうる」と語った。その共有すべき記録を林さんが遺してくれた。

林さんが記録活動に尽力したのは、父親の影響だったという。神主だった林さんの父は、戦時中に炭鉱から逃げて来た朝鮮人をかくまったことが原因で特高警察に捕まり、拷問を受けた後、亡くなった。林さんは「当時の父は国賊であり非国民であるかも知れないが、人間としては立派なことをしたと誇りに思っている」と書いている。少年時代に目の当たりにした理不尽な出来事がきっかけとなり、生涯、日本の加害責任を追究した。

映画の中で印象的だったのは、がんを患い、ペンを握る力もないのに、手にペンをテープで固定させて執筆する姿だった。映画祭では朝日新聞の先輩記者が隣の席で見ていたが、「こんな姿を見せられると、『今日はちょっと疲れたから明日書こう』なんて言えないな」と感嘆していた。林さんのように生きるのは難しくても、私も私の立場でできることはしなければと思わせる映画だった。

私の立場で、というのは、映画を通して韓国と日本をつなぐ役割だ。韓国へ映画を学びに来たのも、そのためだ。

母の両親が大阪で映画館を営んでいた。私が幼い時に映画館はマンションに変わっていたが、「映画館の娘」だった母とよく映画を見た。2002年に韓国へ語学留学したのをきっかけに韓国映画にはまっていったが、ただ見るのが好きなだけで、映画関連の仕事というのは考えてもみなかった。

2008年に朝日新聞に入社し、最初の2年間は事件担当記者として映画を見るどころか寝る間もないほど忙しかった。そして2010年、文化担当記者になった年、「なら国際映画祭」が初めて開催された。なんとしても参加したくて、取材を兼ねて通訳ボランティアを務めた。

上映作品の中にシン・スウォン監督の長編デビュー作「レインボー」があり、私はシン監督の通訳を担当した。「レインボー」は、学校の先生を辞めて映画界に飛び込んだ女性が、シナリオがなかなか書けずに苦労する話で、シン監督自身の話でもあった。この作品がおもしろかったのもあり、通訳をしながらシン監督と個人的にもいろんな話を交わしながら、「ああ、私、韓国映画が好きだったな」というのを久々に思い出した。関西空港まで見送り、最後にシン監督に「彩もいつか映画関連の仕事をすると思う。結局はやりたいことをやるのよ」と言われたのが人生の転機となった。

朝日新聞を退社し、韓国映画を学ぼうとソウルの東国大学へ留学した2017年、釜山国際映画祭にスタッフとして参加することになった。映画祭開催前の記者会見で、シン・スウォン監督の「ガラスの庭園」が開幕作だと発表され、びっくりした。奈良で会った時にはほぼ無名だったシン監督は、その後ベルリン国際映画祭やカンヌ国際映画祭に招待され、海外でも注目される監督になっていた。韓国で初めてスタッフとして携わる映画祭の開幕作が、日本で初めてスタッフとして携わった映画祭で担当した監督の作品。感慨深い瞬間だった。

ちなみに、「抗い」がEBS映画祭で上映された時、観客として来ていた朝日新聞出身の植村隆さんに初めて会い、それがきっかけで植村さんが中心となって開く日韓の学生交流の行事に携わるようになった。そして「抗い」の西嶋監督は慰安婦報道に関して「捏造記者」という汚名を着せられた植村さんを描いたドキュメンタリー映画「標的」を今年(2021年)の釜山映画祭に出品している。2週間の隔離を覚悟で釜山入りすると、西嶋監督から連絡をもらった。

韓国のある人から「縁とはつまり奇跡だ」と言われた。奇跡のような縁に感謝しながら、映画を通して韓国と日本をつなぐ役割を地道に続けていきたいと思う。

バナー写真について
2017年8月、EBS国際ドキュメンタリー映画祭で「抗い 記録作家 林えいだい」の上映後に紹介された林さんの言葉。「権力に捨てられた民、忘れられた民の姿を記録していくことが私の使命である」と書かれている。

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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