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李鳳宇さん招いた在日コリアン映画祭(「どこにいても、私は私らしく」#43)

2019年11月には「在日コリアン映画祭」を東国大学で開いた。主催の東国大学日本学研究所の一員として、会う人会う人に宣伝したが、「在日コリアンって何?」と聞かれることも多かった。「ロッテの会長みたいな人?」と言われたことも。ロッテの会長も確かに在日なのだが、思った以上に在日について知らない韓国の人が多いのに改めて驚いた。

「在日コリアン」という言葉が聞き慣れないのかもしれない。研究者の間では「在日朝鮮人」という言葉を使うことが多いが、韓国では一般的には「在日同胞」「在日僑胞」と言うことも多い。「在日朝鮮人」の「朝鮮」は南北分断前の朝鮮を指しているが、北朝鮮を思い浮かべる人もいるので、映画祭のタイトルとしては「在日コリアン映画祭」とした。

「在日コリアン映画祭」ポスター
在日コリアンの登場する日本映画が2日間にわたり上映された

限られた予算のため規模としてはこぢんまりだったが、韓国では見る機会のほとんどない作品も上映した。大島渚監督の「帰って来たヨッパライ」(1968)だ。そのほか、大島監督の「絞死刑」(1968)、崔洋一監督の「月はどっちに出ている」(1993)、井筒和幸監督の「パッチギ!」(2005)の計4本を上映し、「月はどっちに出ている」「パッチギ!」のプロデューサー、鳳宇 ボンウさんを招いての対談も行った。対談相手には聖公会大学のチョ 慶喜ギョンヒ 教授に登壇してもらい、私が進行を務めた。

李鳳宇さんは、韓国映画ファンの私にとっては憧れの存在だった。李さんが代表を務めた映画会社「シネカノン」が配給した「風の丘を越えて/西便制」「シュリ」「JSA」などは、私が韓国映画にのめり込むきっかけになった作品だ。韓国の映画人の間では李さんを知る人は多いが、一般にはあまり知られておらず、映画祭をきっかけに紹介したいと思った。

李さんに初めて会ったのは、朝日新聞記者時代、「京ものがたり」という企画のインタビューだった。「パッチギ!」のロケ地にもなった京都の祇園会館にまつわるエピソードを語ってもらった。祇園会館は李さんが小中高校時代に通い詰めた映画館だ。貧しかったが、映画好きのお母さんが、映画代だけは惜しまず出してくれたという。李さんは祇園会館が「現実逃避の場だった」と話していた。

「パッチギ!」の何度見ても泣いてしまう場面の一つ、事故で亡くなった朝鮮高校生の棺桶が、家の玄関が小さすぎて通らず、壁を叩き壊す場面は、李さんのお兄さんが亡くなった時のエピソードに基づいている。お兄さんが18歳の若さで筋ジストロフィーで亡くなった時、普段静かなお父さんが、狂ったように斧で玄関を壊し始めたという。当時幼かった李さんには衝撃的で、「今でも夢に見る」と話していた。

映画祭でも、本人の実体験を交えながら「月はどっちに出ている」や「パッチギ!」にまつわる在日の話を中心に語ってもらった。

映画「月はどっちに出ている」から(©「月はどっちに出ている」製作委員会)

映画祭を開いた2019年秋は、日本政府による輸出規制がきっかけで韓国で日本製品不買運動が広まり、映画界にも影響が出ていた時期だった。日本映画を配給する韓国の映画会社の代表は「買い付けた作品が公開できなくなった」と嘆き、日韓合作映画のプロデューサーは「韓国側の助成がもらえなくなって、中断した」と肩を落としていた。李さんのような先駆者のおかげで日韓の映画や映画人の往来が増え、合作やリメイクが盛んになってきたのに、また日韓関係に振り回されるのかと、残念な気持ちでいっぱいだった。

だけども、李さんの話を聞いて気付いたのは、逆境の連続だったのを本人は逆境とは捉えずに常に最善を尽くしてきたということ。具体的な目標を定めたら、どうしたら実現できるかに集中し、新境地を開いてきた。あきらめない精神は、在日の経た歴史によるところもあるかもしれない。この日の対談で勇気をもらったのは私一人ではないと思う。

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。
朝日新聞GLOBEの連載で「在日コリアン映画祭」について取り上げた記事はこちら(2019.11.16)

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