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愛の餅、風流の餅 延白インジョルミ/長寿山人

 その名声は幼い子どもたちの間にも深く浸透している。インジョルミ(きな粉餅)は数ある餅の中でも、もっとも身近で、もっとも美味しい。

 春はヨモギ、端午はヤマボクチ、夏はゴマ、秋はササゲやナツメ、冬は黒豆のインジョルミを作る。

 どれひとつとて美味しくないものはない。

 しかし、こうした季節の品々を飛び越えて、我が国でもっとも名高いのは黄海道(ファンヘド)の「延白(ヨンベク)インジョルミ」だ。延白地方のインジョルミは、原料となるもち米の品質に優れているだけでなく、餅のつき方も特別なのである。

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(写真:開城における餅つきの様子)

 中でも、冬に作るインジョルミがさらによく、作り立てよりも、少し置いた餅を焼いて食べるのが美味しい。冷たい風に白雪がひらひらと舞う大晦日。同じく黄海道の長淵(チャンヨン)で生産された白炭を赤々と燃やし、さながら夜逃げ荷物かのごとく、大ぶりに作ったインジョルミを焦げて真っ黒になるほど焼き上げる。

 その片端をつまんでちぎり取る。初夏にスイカのヘタを取るような手つきで。

 江原道(カンウォンド)、江陵(カンヌン)産の無加工蜂蜜をとろとろっとかけまわし、箸でひとしきりぐるぐる混ぜれば、全体が崩れて牛乳粥のようでもあり、ハト麦粥のようでもある。それでいてなかなか噛み切れないほどに粘り気が強く、味わいは天下一品である。

 食べ始めたらもう夢中。うっかり隣で連れ合いが死んでも気付かないぐらいに。そもそもインジョルミは漢字で「人絶味」と書くので、これすなわち「人が絶命するぐらいに美味しい」との解釈でもよいはずだ。

 古来、開城(ケソン)の行商人たちが、延白の象徴としてこよなく愛したのがインジョルミである。延白とは延安(ヨナン)、白川(ペクチョン、ペチョン)という2地域を合わせた地名だが、計算をして数がぴたりと合ったとき、

 「延安白川インジョルミ!」

と叫ぶ決まり文句がある。こうした言葉があるのを見ても、延白のインジョルミがどれほど好まれてきたのかは想像にかたくない。

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(写真:開城で撮影したイルジョルミ)

 黄海道では「トラジ打令」「難逢歌」といった民謡が流行してきたが、名物であるインジョルミを歌ったものがないのは遺憾である。

 味にも、風流さにも優れたインジョルミ!

 延安城内には、かつて壬辰倭乱(文禄・慶長の役)で義兵を率いて戦った李月川(李廷馣)先生を称える碑があるが、インジョルミも同様に広く永遠に知れ渡るであろう。

                        -『別乾坤』1929.12


<訳者解説>
朝鮮半島中西部の黄海道には広大な延白平野があり、古くから穀倉地帯として名を馳せた。近隣の開城や海州(ヘジュ)が美食の町として栄えたのは、延白平野の恵みが大きい。インジョルミの語源には諸説あり、引っ張って切ることから「引切味」「引切米」とするほか、忠清南道公州市には任(イム)氏が仁祖王(朝鮮王朝第16代)に捧げたとのエピソードが伝わっており、任氏が作る絶妙な味の餅「任絶味」が転化したとも語られる。


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翻訳者:八田靖史
コリアン・フード・コラムニスト。慶尚北道、および慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。ハングル能力検定協会理事。1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。韓国料理の魅力を伝えるべく、2001年より雑誌、新聞、WEBで執筆活動を開始。最近はトークイベントや講演のほか、企業向けのアドバイザー、韓国グルメツアーのプロデュースも行う。著書に『目からウロコのハングル練習帳』(学研)、『韓国行ったらこれ食べよう!』(誠文堂新光社)ほか多数。最新刊は2020年3月刊行予定の『韓国かあさんの味とレシピ』(誠文堂新光社)。韓国料理が生活の一部になった人のためのウェブサイト「韓食生活」(http://kansyoku-life.com/)、YouTube「八田靖史の韓食動画」を運営。

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