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韓国で2人目の女性監督(「どこにいても、私は私らしく」#45)

今年の全州国際映画祭(4月28日~5月7日)では、韓国で2人目の女性監督、ホン・ウノン監督の「女判事」(1962)という映画を見た。近年、韓国の女性監督の作品が目立って増えているが、最初の女性監督はパク・ナモク監督で、「未亡人」(1955)という映画1本を撮り、続くホン・ウノン監督は「女判事」を含む3本を撮った。

なぜ、そんな昔の作品が全州映画祭で見られたかと言えば、今回の特別展の一つ「オマージュ:シン・スウォン、そして韓国女性監督」の中で上映されたからだ。5月に韓国で劇場公開されるシン・スウォン監督の「オマージュ」という映画の中に「女判事」が出てくる。「オマージュ」は昨秋、東京国際映画祭で上映されたので、すでに見たという人もいるだろう。

私はシン・スウォン監督とは長編デビュー作「虹」(2010)の頃からの付き合いで、「オマージュ」についても個人的に話を聞いていたが、「中年女性が主人公の映画では商業的に投資を受けるのは難しい。公的な助成金をもらって作った」と話していた。その主人公ジワンを演じるのは、イ・ジョンウンだ。ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」(2019)で家政婦役を演じて以来、映画もドラマも引っ張りだこだが、主演は長編では「オマージュ」が初めて。イ・ジョンウンほどの人気俳優でも、投資を受けるのは難しいのか、と思った。

ジワン(イ・ジョンウン)は現代の女性監督で、「女判事」の修復作業にたずさわる。ところで、数年前までホン・ウノン監督も「女判事」もほとんど知られていなかった。その理由についてシン・スウォン監督は「パク・ナモク監督は『最初の女性監督』で、しかも『未亡人』のフィルムが残っていたから、比較的よく知られていたけれど、ホン・ウノン監督は『2人目の女性監督』で、近年までフィルムが3本とも見つかっていなかったから」と話す。

「女判事」は数年前にフィルムが見つかり、修復作業を経てやっと日の目を見るようになった。見ると、なぜシン監督が「オマージュ」を作ったのか、分かる気がした。「女判事」は韓国で2人目の女性監督が作ったというだけでなく、その素材がまた、実在した「韓国で最初の女性判事」なのだ。この女性判事をめぐる実際の事件をモチーフに作られた。仕事で忙しい主人公ジンスクのことを、同居する夫や夫の家族は「家庭を疎かにしている」と不満に思っている。行き詰ったジンスクは判事を辞めることにするが、夫の祖母が毒殺される事件が起こり、容疑者とされた姑の無罪を証明するため弁護士に転身して闘うという内容だ。女性判事の映画を作った女性監督、ホン・ウノン監督の映画を作ったシン・スウォン監督。それぞれ家事、出産・育児、仕事の両立に葛藤する姿が見えてくる。特にホン監督の時代は映画界は圧倒的に男性中心で、共に働いた女性の編集技師は「女が編集室に入るなんて縁起が悪い」と、塩をまかれたこともあると話していた。

「オマージュ」試写会後の記者会見。シン・スウォン監督(中央)と主演のイ・ジョンウン(右)

「オマージュ」の中では、「女判事」は途中から音声がなく、ジワンが担当したのはセリフを探して改めて録音するという作業だったが、実際には「女判事」は音声はあるもののフィルムが一部見つかっていない。見ていて、つながりが変だなと思う部分がいくつかあり、それはシン監督いわく「おそらく検閲によるもの」。当時は検閲が厳しく、乱暴にフィルムを切られることが多々あったという。

特別展で上映されたのは4本で「オマージュ」「女判事」のほか、「虹」と「女子万歳」だったが、「虹」は「オマージュ」とセットのような作品で、いずれも女性監督ジワンが主人公で、シン監督自身が反映されたキャラクターだ。「虹」は、教師を辞めて映画監督を目指すがなかなかデビューできないでいるジワン、「オマージュ」は3本の長編を撮ったが、興行的に厳しい結果に直面しながら、「女判事」の修復に携わるジワンだ。

「女子万歳」はシン監督が作ったドキュメンタリーで、2011年にMBCで放送されている。パク・ナモク監督やホン・ウノン監督の足跡を追い、この時から「オマージュ」の構想はあったという。その後「女判事」のフィルムが見つかり、「オマージュ」の中にも「女判事」の場面が入った。

シン監督は海外での受賞など評価は高いが、興行成績はなかなか厳しく、疲弊していた時に、「オマージュ」の脚本を書き始めたらスラスラ書けたという。シン監督自身が、「オマージュ」を作りながら癒されたようだ。今とは次元の違う厳しい環境で奮闘した女性たちに勇気をもらえる、そんな映画だった。

ヘッダー写真:「女判事」の修復に携わる「オマージュ」の主人公ジワン(右、イ・ジョンウン)

写真:すべてROSC提供

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。

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