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「金子文子と朴烈」支えた在日コリアン/(「どこにいても、私は私らしく」#31)

イ・ジュンイク監督の「金子文子と朴烈」(2017、以下「朴烈」)には、在日コリアンの俳優が出演している。イ・ジュンイク監督の前作「空と風と星の詩人~尹東柱の生涯~」(2016、以下「東柱」)にも出ていたキム・インウさんだ。私は「東柱」でキム・インウさんの存在を知ったと思ったが、その前にもチェ・ドンフン監督の「暗殺」(2015)で見ていたことを後で知った。

キム・インウ

俳優 キム・インウさん

「東柱」で日本人刑事役を演じたキム・インウさんに釘付けになったのは、日本語が完璧だったからだ。韓国映画の日本人役は韓国の俳優が演じることが多く、日本語が不自然で映画に集中できないことが多々あった。キム・インウさんは演技力からして間違いなくプロの俳優だと思い、調べてみると在日3世の俳優だった。もともと日本で活動していたが、韓国へ拠点を移し、韓国の映画やドラマに出演していると分かり、2016年、釜山国際映画祭の取材のために韓国へ出張した際、ソウルに寄ってキム・インウさんにインタビューした。これが私の朝日新聞記者として最後の記事となった。

「東柱」でキム・インウさんの演技が特に印象的だったのは、カン・ハヌル演じる主人公の尹東柱(ユン・ドンジュ)の取り調べ中に涙を浮かべたシーンだった。尹東柱は植民地時代に朝鮮から日本へ留学した詩人だが、治安維持法違反で逮捕され、27歳の若さで福岡刑務所で獄死した。キム・インウさん演じる刑事は高圧的な態度で取り調べに当たりながらも、尹東柱の訴えに内心揺さぶられているように見えた。「在日として生まれ育ち、幼い頃から植民地時代について考える機会が少なくなかった。だからこそ自然に出てきた演技だったかもしれない」と振り返る。

キム・インウさんは韓国映画「おばあちゃんの家」(2002)がきっかけで韓国映画に関心を持つようになったという。「おばあちゃんの家」は、幼くして母を亡くしたキム・インウさんにとって母性愛を感じる映画だった。「自分に愛をくれた初めての映画」と語った。韓国映画に出演することを目標に2008年に渡韓し、大学の語学堂で韓国語を学んだ。韓国人なのに韓国語で自由に話せないことが悔しく、毎日韓国語の勉強に明け暮れたという。次第に韓国の映画やドラマへの出演が増え、役はほとんどが日本人役だが、舞台あいさつでは流暢な韓国語で観客に語りかける。

キム・インウさんは「朴烈」では「東柱」の刑事以上に悪役だった。1923年の関東大震災後、朝鮮人虐殺を誘導し、隠ぺいした内務大臣役だ。韓国映画に出てくる日本人役は悪役が多いが、日本の俳優が演じるのは難しく、そういう意味でもキム・インウさんは韓国映画界で貴重な存在だ。「朴烈」にはキム・インウさん以外にも日本語ネイティブの俳優が多く出演し、不自然な日本語のせいで集中が途切れることはほとんどなかった。主演の金子文子役のチェ・ヒソさんは韓国の俳優だが、日本で暮らしたことがあり、ネイティブのように日本語がうまい。日本の劇団「新宿梁山泊」のメンバーも何人か出演している。金子文子と朴烈に死刑を宣告する裁判長役は新宿梁山泊代表の金守珍さんだ。金守珍さんは朴烈が法廷で朝鮮人虐殺について訴える場面で、複雑な表情を浮かべた。イ・ジュンイク監督は「ああいう表情が出てくるのは、金守珍さんが在日コリアンだからというのもあるかもしれない」と話した。

韓国映画ファンとしては、在日コリアンの俳優の活躍により映画の完成度が高まるのはうれしいことだ。特にキム・インウさんは機会あるごとに自身が在日コリアンであることを話し、少しでも韓国で在日コリアンについての理解が深まるよう、努力している。自身が韓国に来て、韓国語が自由に話せないことで悔しい思いをしたことも、その理由の一つだ。インタビュー時には「韓国映画に韓国人役で出るのが目標」と語っていたが、それも実現している。次はどんな姿を見せてくれるのか、どんどん増えていくフィルモグラフィーがまぶしい。

ヘッダー写真:「金子文子と朴烈」韓国公開時の試写会にて(筆者撮影)

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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