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日本のお正月、韓国のソルラル(「どこにいても、私は私らしく」#13)

韓国では「ソルラル」と呼ぶ旧正月が休日だが、日本は新年が明けて1月1日からがお正月だ。2018年は、中国で新年を迎えた。2017年の年末に尹東柱詩人の生誕100周年を記念する日中韓のシンポジウムがあり、それに参加したためだ。おかげ様で、大晦日と元旦に白頭山(標高2,744メートル)に登り、雪に覆われた天池(頂上のカルデラ湖)が太陽の光でキラキラ輝くのを眺めるという貴重な体験ができた。

2017年は、安室奈美恵が紅白歌合戦で引退するというので見たい気もしたが、中国のホテルでテレビをつけると中国版紅白歌合戦のようなものをやっていた。ぼんやりと見ていると、シンポジウムに参加した韓国のメンバーたちから連絡があり、打ち上げ兼年越しの宴会に誘われた。お酒を飲みながら尹東柱詩人の詩を日本語と韓国語で朗読し、一緒に和やかに年を越した。

だが、なにか足らない気分だった。考えてみると、日本ではない場所で新年を迎えたのは生まれて初めてだった。中国から韓国へ戻り、その後日本で冬休みを過ごした。日本に着いてすぐに新年会があり、ちょっと遅いお節料理を食べると、やっと新年を迎えた実感がわいてきた。特に伝統を守る方でもないが、毎年習慣のように食べてきたものを食べないのは調子が狂う。

大晦日の年越しそばも食べそびれた。大晦日にそばを食べる理由はいくつか説があって、細長い麺で長寿を願うという説が一般的だが、そばが切れやすいことから1年間の苦労を切り捨てて新年を迎えるという説も説得力がある。是枝裕和監督の映画「誰も知らない」(2004)では子どもたちがインスタントのそばを食べる場面があった。お母さんがいない状態で子どもたちだけでインスタント食品を食べるのも胸が痛むが、それがそばというのが、その日が大晦日という意味で、切なかった。クリスマスには戻ると言ったお母さんが大晦日にも戻らないのは、もう戻ってこないことを予期させるからだ。子どもを置いて母が出ていった実際の事件がモチーフになった映画で、私は子どもたちがインスタントのそばを食べるシーンが一番悲しかった。

2018年、韓国のソルラルが近づき、日本で年末年始を過ごせなかった分、韓国で韓国式の過ごし方をしようと考えた。とは言っても、韓国に家族がいるわけではないので、ソルラルに食べるトックッ(お餅のスープ)を作って食べるぐらいだが。ソルラルにトックッを食べる意味を調べてみると、大晦日のそばと同じで長寿を願う意味があるようだ。カレトックと呼ばれる細長い韓国のお餅を切ってスープに入れるのだが、やはり細長い=長寿なのだ。また、丸く切られた餅が貨幣のような形なので、経済的な豊かさを願う意味もあるという。

秋夕(チュソク)やソルラルのような名節(ミョンジョル)こそ韓国特有の文化が味わえる時なのに、外国人には体験できないのが惜しい。韓国人と結婚した友人たちは名節は体力的にも精神的にも大変だと言うけども、一度はまともに経験してみたい。どなたか、数日だけでも嫁入りさせてくれませんか?

ソルラル

後日談だが、このコラムは当時「数日間だけ嫁入りさせてくれる韓国人探しています」という見出しで韓国の中央日報に掲載された。そうすると、本当に二人の親切な方から「ソルラルを一緒に過ごしませんか」と連絡がきて、そのうち家が近い方のお宅にお邪魔した。

もちろん数日というわけにはいかず、ソルラルの当日朝行って、数時間を一緒に過ごしたのだが、トックッ以外にもいろんな種類のジョン(チヂミ)、チャプチェ(春雨炒め)などの料理がずらっと並んだテーブルがすでに準備されていて、私は作りもせずにおいしくいただくだけだった。さらにこの歳でお年玉までもらってしまい、そこにいた小学生たちに私もお年玉をあげた。韓国ではお年玉はセベットンと言う。セベはソルラルに目上の人に対してする韓国独特のお辞儀のことで、トンはお金。日本みたいにただお年玉をもらうのでなく、セベをしたうえでもらうのがセベットンだ。なので私もセベをして、子どもたちは私にセベをしてくれた。本当に数時間だけ、韓国のファミリーの一員になった気分を味わった。

ヘッダー写真:白頭山頂上にて
文中写真:ソルラルのお供え物

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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