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映画「ニッポン国VS泉南石綿村」に見た「現代の奇跡」/(「どこにいても、私は私らしく」#33)

2017年の釜山国際映画祭にはスタッフとして参加し、何人かの日本の監督や俳優の公式インタビューや通訳を担当した。この年は新聞社を辞めてから初めての釜山映画祭で、自由に観客として楽しみたい気持ちもあったが、例年よりも日本映画が多く、それゆえ日本からのゲストが多いということで、運営側のお手伝いに回った。それはそれで貴重な経験ができた。

最も多くの時間を割いたのは、原一男監督のドキュメンタリー映画「ニッポン国VS泉南石綿 いしわた村」の通訳だ。「ニッポン国VS泉南石綿村」は215分の大作で、上映後の質疑応答も1時間以上にわたり、1回の上映でほぼ半日が終わるようなボリュームだった。

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「ニッポン国VS泉南石綿村」予告編。「ニッポン国VS泉南石綿村」は第 22 回 釜山国際映画祭でワイドアングル部門、BIFFメセナ賞(最優秀ドキュメンタリー賞)を受賞した。

原監督は「ゆきゆきて、神軍」(1987)などで知られるドキュメンタリー界の巨匠で、韓国でも映画を学ぶ学生たちの間でよく知られている。釜山映画祭側からも特に入念に準備してほしいと頼まれ、原監督の過去の作品もすべて映画祭前に見た。

石綿(アスベスト)は、肺がんや悪性中皮腫など致命的な病気の原因となりうる危険物質だ。泉南は大阪府南部の市で、石綿製品を作る工場が密集し、「石綿村」とも呼ばれた。「ニッポン国」はその危険性を知りながらも経済発展を優先し、対策を怠った。2006年、被害者たちは国を相手取って損害賠償訴訟を起こし、2014年にやっと最高裁判決で国の責任を認め、原告が勝訴した。

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原監督はこの裁判の過程や原告の被害者たちを10年以上にわたって記録した。泉南地域の人たちの特徴なのか、被害者といってもやけに明るい。弁護士たちと共に裁判闘争を楽しんでいるようにすら見えた。それが、映画が進むにつれ、1人、2人と病に倒れ、亡くなっていく。明るい笑顔を見ていただけに、そのギャップに胸が詰まった。

釜山映画祭での上映には、日本と韓国の石綿被害者が集まった。上映後、韓国の被害者の1人が「日本で規制が強化された後、石綿工場が韓国へ渡ってきて、また同じ被害を広げたことが映画に出てこなかった」と指摘した。原監督はその事実も把握していたという。「ただ、韓国でもすでに規制が強化されて、工場がなくなった後だったので撮れるものがなかった」と答えた。「韓国からまた別の国に工場が移ったと聞いた」と言う原監督に、韓国の観客の1人は「インドネシアに移った」と答えた。

私は通訳をしながら、内心本当にびっくりした。危険性を分かっていながら、自国の規制が厳しくなったら他国へ工場を移すなんて……。自国でない他国の被害は関係ないということだろうか。批判されるべきは国だけではない気がした。民間企業や一般の人も共に考えるべき問題だと思った。映画を通し、国際的な石綿の被害について語り合う有意義な時間となった。

石綿工場と韓国との関連はこれだけではなかった。泉南の石綿工場の労働者の中には在日コリアンもいた。原監督と共に来韓した石綿被害者の中にも在日コリアンの女性がいて、上映後にマイクを握った。「日本では韓国籍というのを隠してきたけれど、石綿被害者の日韓交流を通して韓国に来る機会ができて、少しずつ祖国に愛着を感じるようになってきた」と話した。

原監督が映画の中で在日コリアンの労働者が多かったことを強調したのは、経済的弱者にしわ寄せがいったことを伝えるためだったのだと思う。韓国籍では就職が難しかった時代、石綿工場では働けた。日本人の労働者も、田舎から大阪へ出稼ぎに来た人や、シングルマザーなど、経済的弱者が多かった。

内容は深刻なはずなのに、映画を見た後、重苦しい気持ちにはならなかった。原監督が言うように「現代の奇跡」を描いた映画でもあったからだ。奇跡と言うのは、原告側弁護士たちの献身的な姿だ。一審勝訴の後、二審で敗訴し、原告たちと一緒に泣く様子、最高裁で再び翻って勝訴した瞬間はどんな劇映画よりも感動的だった。暗いニュースの多い中、久々に明るい希望の光を見た気がした。

(写真:疾走プロダクション提供)

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。


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