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韓国文学の読書トーク#12『亡き王女のためのパヴァーヌ』

「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載です。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間の田中佳祐さん。
お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

竹田:みなさんこんにちは。今月も本屋さんの片隅から、僕たち二人の読書会の様子をお届けしたいと思います。
田中:突然ですが、竹田さんは好きなクラシック音楽はありますか?
竹田:あんまり聞かないなあ。でも「ボレロ」は好きかもしれない。
田中:今日の課題本は、「ボレロ」のモーリス・ラヴェルの曲がタイトルの作品ですよ!
竹田:え?「ボレロ」って、ラヴェルなんですか。
田中:というわけで、今回紹介するのは「新しい韓国の文学」シリーズの12冊目『亡き王女のためのパヴァーヌ』(パク・ミンギュ著、吉原育子訳)です。

著者パク・ミンギュさん
(© Melmel Chung)

竹田:まずは、あらすじの紹介をしましょう。
田中:物語のテーマは人生です。二人の登場人物「彼」と「彼女」の恋愛を描きながら、人生の不条理さと現代社会の孤独について語られていきます。
小さく静かに愛を育む2人を見守るのは、職場の先輩であるヨハン、彼も重要なキャラクターです。一見するとヨハンは「陽キャ」で、「彼」と「彼女」とは対照的な人物に見えます。主人公の「彼」は有名人の両親のゴシップに翻弄される人生を送り、「いえ、いいんです」が口癖の「彼女」は見た目のことで他人に陰口を言われ続ける人生を送っています。
2人は、共に周囲の人々から不条理な悪意を向けられ生きてきました。この作品にはドラマ的演出がされた描写が出てきます。しかし、それには理由があるのです。小説を最後まで読んだ人にだけ、なぜ現実の人生と向き合うことをテーマにしたこの小説に、飾り立てた文章が差し込まれているのか理解できることでしょう。
この小説は2人の男女が惹かれあう、ありきたりな物語ではありません。偶然からなる苦難と社会からの不可解な圧力のなかで、確かに「人生」を生きる人たちの愛の物語です。
 
竹田:物語の冒頭は、恋愛映画みたいなシーンから始まるので少し身構えてしまいましたけど、その先からは僕にも読みやすい魅力的な作品でした。仕事終わりにケンタッキーで会話をする、3人の関係性がとても良かったです。
田中:彼らはいつも「ケンタッキーチキン」(本物のKFCではないチキン屋さん)に集まって、「希望」と書かれた看板が見える席でビールを飲むんですよね。
竹田:人生の苦しみと向き合う3人が、希望が見えるケンタッキーで語り合う、象徴的な場所に思えました。
 
田中:本当に印象的な場面がたくさんある小説でした。竹田さんのおすすめのシーンはありますか?
竹田:主人公とヨハンが小説の話をするシーンが好きでしたね。

初めて書いた小説は、不幸な過去に囚われたまま北極をさまよう男の話だった。一生懸命、地球の絵まで描きながら、友人にくどくど説明したりした。でさ、毎日この男は舟を出すんだよ。氷を砕いて、櫓をこいで、北極海のど真ん中の極点まで……で、一日中、円をぐるぐる描きながら日付変更線を逆にまたぐんだ。一日中? 一日中。そんな馬鹿な、という友人の表情を前に、やたらと癪に障ったことを思い出す。
(中略)
あと何っていうかさ、ドラマがないんだよな。ドラマ? まあドラマチックなことっていうか。たとえば、いっそのこと、櫓をこいでるうちに巨大鯨に遭遇させるんだよ。どうせなら白鯨がいい。何日もの死闘の末に、ついに男は鯨を捕獲するんだ。なにしろデカいやつだからロープで縛るしか方法がない。ありったけの力でこぐものの、食らいついてくる鯖の群れを追い払うにはとうてい力及ばず……

『亡き王女のためのパヴァーヌ』p75より抜粋

田中:あ!それ、僕も好きでした。
竹田:主人公の書いた小説に対してヨハンが”辛口批評”をしていくんですが、例に出す物語がでたらめなんですよね。「白鯨」の話をしてるんだけど、「老人と海」が混ざっちゃってる。
田中:教養のあるヨハンの冗談なのかもしれないし、酔っぱらいの戯言なのかもしれない。文学を知っている人にとってはおしゃれなシーンにも見える。
竹田:すべて作者の手のひらですね。それでも、このシーンは好きですね。田中さんはどの場面が印象的でしたか?
田中:僕は主人公の「彼」が言いようのない苦しさを語るところが良かったですね。

体は疲れているのに、不思議なほどなかなか寝付けなかった。なぜなのかわからなかった。母のことを考えたのでも、自分の今後について考えたわけでもないのに、耐えられないくらい胸が苦しかった。汚い巨大な虫の腹の下敷きになったように、僕は暗闇で寝返りばかり打っていた。それは
 
世の中という名の虫だった。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』p96~97より抜粋

竹田:同じ辛さを経験してなくても、どこか共感できるいい表現ですね。
田中:これは「彼」が職場で、他人に対する陰口を聞いてしまった場面の後に語られる言葉なのですが、僕が書いたのかなって思うくらい同じ感情になったことがあります。
竹田:小説を読んでいると自分が書いたと思うほどぴったりの一文に出会うことってありますね。
田中:自分に向けられているわけではない悪意や不安にさせる言葉と直面したとき、呑み込めない感情が沸き起こります。その元凶は「世の中という名の虫」としか言えない。具体的に何なのかと聞かれても、そうやって答えるしかない不気味なものが僕たちの日常には存在すると思います。
 
竹田:この小説は、書き方も変わっていて面白かったですね。
田中:普通の文章のルールを無視して、改行が変なのに読みやすいのが面白い。
竹田:言葉の途中で急に改行して、一行空いて、短い文章があって、また一行あいて、文章が進んでいくところがある。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』p269

 田中:パッと本を開くとどうやって読むのって躊躇するんだけど、読み進めていくとリズミカルで読みやすい。あと、単純に楽しい。
竹田:地の文と会話文が一緒になっていて、「」(カギかっこ)がないのに、誰がしゃべってるのか分かりやすいのがすごい。
田中:キャラクターがちゃんと作りこまれているし、書き分けもされているからなんでしょうね。
竹田:すごく読者のことを考えているんだなと思った。
田中:こういう変わった書き方って、小説だからこそ味わえる仕掛けですよね。文章じゃないと成立しないから、映画には代替できない。
竹田:今の時代、作家にとって「小説で読む」意味を考えるのって大事なことですね。
田中:そのことを考えている作家は、結果的に内容も面白くなると思います。
竹田:構造の話にも近いかもしれないけど、この作品ってどこか詩を読んでいるような楽しさがありました。
田中:韓国文学の書き手って詩も小説も書きますよね。パク・ミンギュはわかりませんけどね。
竹田:​​パク・ミンギュは、大学で詩を学んでいたようですよ。
田中:ほらね!
竹田:ほらってなんだよ!
 
田中:この小説の帯に「愛の本質と人生を問う恋愛小説」ってキャッチコピーがありましたね。
竹田:僕は、恋愛小説というカテゴリー分けをしなくても、めちゃくちゃ良い作品だと思いました。
田中:そもそも恋愛小説って何なんですかね。
竹田:う~ん。それは分からないけど、僕は、過剰な比喩表現が面白かったし、心情を描くことに優れた小説なのかも?とにかく、恋愛以外の部分も面白かった。
田中:たしかに、僕たちはあまり恋愛小説を読まないけど、この小説はすごく楽しめました。
竹田:ジャンルにとらわれず沢山の人に読んでもらいたい作品ですよね。いま話しながら思い返してみたら、やっぱり恋愛小説なのかも。分からなくなってきちゃった。けど、面白い作品です!
 
竹田:おすすめの恋愛小説ってありますか?
田中:ゲーテの「若きウェルテルの悩み」でしょ! 
竹田:いやドストエフスキーの「白夜」でしょ?
田中:たぶん、どっちも違う。多分こういう時おすすめするのは「セカチュー」とかでしょ。
竹田:世代を感じるなぁ。
 
(その後も、定番の恋愛小説トークで盛り上がるのであった。)

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BOOK INFORMATION
『亡き王女のためのパヴァーヌ』

パク・ミンギュ=著、吉原育子=訳
ためし読みはこちらから

◆PROFILE
田中佳祐

東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。単著『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)。共著『読書会の教室』(晶文社)。文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)編集員。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。
https://twitter.com/curryyylife
 
竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
双子のライオン堂・公式サイト https://liondo.jp/
双子のライオン堂・YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC27lHUOKITALtPBiQEjR0Dg/videos


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