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ドラマ「孤独のグルメ」を通して見る韓国と日本の食文化/(「どこにいても、私は私らしく」#22)

韓国で最も人気の日本のテレビ番組といえば、おそらくドラマ「孤独のグルメ」だろう。初対面の韓国の人が、私が日本人と分かると、「『孤独のグルメ』見てます!」とうれしそうに言ってくることもある。私は出演者でも何でもないのに、「日本」といえば「孤独のグルメ」を思い浮かべる人もいるほど人気ということだ。

日本語を話せなくても、「うまい!」と、松重豊さん演じる主人公、井之頭五郎の口まねをする人もいた。かつて岩井俊二監督の映画「Love Letter」を見た韓国の人たちが、日本人に会うたびに「お元気ですか?」と主演の中山美穂のセリフをまねていたのを思い出した。

「Love Letter」もそうだが、「孤独のグルメ」も日本では特別な大ヒット作というわけではない。私も日本にいた時はそんなドラマもあるのは知っている、という程度だったが、韓国に来ると毎日のようにケーブルテレビで放送され、よく見るようになった。

「孤独のグルメ」が韓国でものすごい人気、という話を日本の友人たちにすると、一様に「なんで?」と驚く。五郎が仕事でどこかへ行って、その近所で一人でお店に入ってご飯を食べるという単純なストーリーで、ここまで韓国で人気の理由はなんだろう? 一つは、間違いなく日本の食に対する高い関心だ。ドラマの中で五郎が行く店は実在する店だ。実際、日本に旅行に行く韓国の人たちの多くは、旅の最大の目的は食べ物だと言う。

コロナの感染が広まる前、私も日韓を行き来することが多かったので、日本に行くと「孤独のグルメ」に出た店に何度か食べに行った。私だけではない。「孤独のグルメツアー」としてブログで「孤独のグルメ」に出た店に行った感想を書いている韓国の人はけっこういる。

2019年5月、全州国際映画祭の時には全州で「孤独のグルメ」に出た店を訪ねた。シーズン7に登場した「トバン(토방)」という店だ。店内には松重豊さんのサインがあった。日付を見たら、2018年5月10日だった。その日も映画祭で全州にいたのに、五郎に会えず残念だ。

トバンの松重さんサインと写真

「トバン」に飾られた松重豊さんのサイン

余談だが、偶然「孤独のグルメ」の撮影に出くわしたことがある。大阪の母の家の近くのお好み焼き屋で、店の前に松重さんがいた。見慣れた顔なので、つい知り合いかと思って「こんにちは!」と声をかけてしまった。そういうことも多いのだろう。松重さんも普通に「こんにちは!」と笑って返してくれた。テレビで見るのと同じ、気さくな人のようだ。

全州の「トバン」に話を戻そう。松重さんが「孤独のグルメ」撮影のために韓国へ来たというのは、当時ニュースで知った。どこで食べたのか、韓国の友人たちの間で話題になった。有名な日本の俳優が韓国へ来てもそこまで話題にならないが、韓国での人気っぷりに松重さん自身が一番驚いたのではないかと思う。「トバン」で五郎が食べたのは、「セルフビビンパ」と紹介された。ところが、実際のメニューは「家庭式ペクパン」だった。ペクパンは白飯と書くが、定食のようなものだ。日本ではご飯とおかずや汁物を混ぜて食べる文化があまりないので、別々に出てきたご飯におかずも汁物も全部入れて混ぜるのが新鮮に感じられたのだろう。「孤独のグルメ」では五郎が自分なりのビビンパ(混ぜご飯)を作って楽しむ様子が放送された。

トバンの家庭式ペクパン

「トバン」の家庭式ペクパン  2019年5月当時、7千ウォン

私は韓国料理が大好きだが、米のご飯は日本の方がおいしいと思う。韓国は基本的にキムチが出てきて、おかずも汁物もご飯と一緒に食べるので、ご飯だけを味わうことはあまりない。だからこだわらないのかもしれない。

私が新聞記者として2年間勤めた富山のご飯は感動的においしかった。米がおいしいのもあるが、それよりも水がおいしいからだ。富山の水はモンドセレクションで最高金賞を受賞するほど、定評がある。味の秘訣は山だ。標高3千メートル級の山が連なる立山連峰。高さ20メートルにも迫る巨大な雪の壁「雪の大谷」は世界的に人気な観光地だが、それだけたくさんの雪が降る。自然林の緑のダムによって清らかで豊かな水が蓄えられるのだ。

米と水がおいしいということは、日本酒がおいしいということでもある。さらに富山は海の幸もおいしい。富山の海産物は日本で一番おいしいと思う。安い回転ずしでも東京や大阪の高級なカウンターの寿司屋よりもおいしい。また話がそれてしまったが、おいしいものを語るのに富山は外せない。

韓国の「孤独のグルメ」ファンたちは、五郎の食べっぷりが好きだと言う。五郎は一人でいくつかのメニューを注文し、一つずつ吟味しながら食べる。ハングルを読めない五郎は「トバン」ではまず一番安いものを頼んで、その後追加で注文するつもりだったが、結局、家庭式ペクパンだけで終わった。注文を間違ったのかと思うぐらいたくさんのおかずが出てきたからだ。日本から韓国へ遊びに来る友達もたいてい韓国の多彩なおかずに感動する。「これ全部タダ?」と驚きながら一生懸命全部食べようとする姿は見ている私まで気持ちいい。

私も「トバン」で五郎と同じ自分流ビビンパを作ってチョングッチャン(納豆汁)も一緒に混ぜて韓国らしい食文化を楽しんだ。

ところで、数ある日本のグルメ番組のなかで、「孤独のグルメ」が特別人気の理由はなんだろう? その答えは「孤独」にある気がする。五郎がドラマのなかで全州に出張に行く時、ソウルからスタッフが同行した。韓国では出張に一緒に行って別々に食事をすることはまずない。ところが「孤独のグルメ」は一人で食べるのがコンセプトなので、五郎は全州でも一人でセルフビビンパを楽しんだ。

韓国でも最近は「ホンパプ」と言ってホンジャ(一人で)パプ(ご飯)を食べる文化が定着してきた。でも、実際は一人で外食するのは気が引けるという人も少なくない。日本では平気で一人で外食していた人も、韓国では周囲の視線が気になると言う。だから、堂々と一人で食事を楽しむ五郎の姿に憧れのようなものを感じるのではないだろうか。私は一緒に食べる韓国の食文化も好きだが、一人で食べても何にも気にならない日本を懐かしむこともある。

「孤独のグルメ」に出てくる店の多くは東京にある。個人的に特においしかったのは、シーズン1に出てきたとんかつ屋「みやこや」だ。鷺ノ宮駅の近くにある店に入ってみると、お客さんはほとんど地元の人のようだった。

みやこやのカキフライ

「みやこや」のカキフライ

「孤独のグルメ」に出てくる店は庶民的な店が多い。それゆえ観光地でない日本の日常的な姿が見える。ここで私が食べたのはカキフライだ。そういえば韓国ではカキのジョン(チヂミ)はよく食べるがカキフライを食べたことがない。外はサクサク、中はジューシーなカキフライを久々に食べて幸せに浸った。

「孤独のグルメ」に出てくる店を回りながら感じたのは、番組に出たことをあまり強調していないことだ。松重さんのサインぐらいはあっても、探さなければ気付かない程度のことも多い。逆に韓国ではテレビに出ると大きな看板を掲げてアピールすることが多い。「テレビに出たぐらいだからおいしいだろう」と思うのは日韓同じだと思うが、それをあまり主張しない方が味で勝負している店のように感じるのは日本的な感覚だろうか。「孤独のグルメツアー」をした韓国の人たちはどんなことを感じながら回ったのか、一度聞いてみたい。

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。


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