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韓国文学の読書トーク#11『野良猫姫』

「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載です。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間の田中佳祐さん。
お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

竹田:みなさんこんにちは。今月も本屋さんの片隅から、僕たち二人の読書会の様子をお届けしたいと思います。

田中:竹田さんは盲導犬のボランティアをしていましたよね。
竹田:パピーウォーカーですね。盲導犬になる前の子犬を1年間預かって大切に育てました。
田中:一番可愛い時期を過ごせていいですね。
竹田:そうなんだけど、1年も一緒にいると別れがつらくて。妻なんて1週間寝込んじゃいましたよ。なんだか、動物が出てくる話を読みたくなってきたなぁ。
田中:というわけで、今回紹介するのは「新しい韓国文学」シリーズの11冊目『野良猫姫』(ファン・インスク著、生田美保訳)です。

竹田:あらすじの紹介からしましょう。
田中:主人公のファヨルは、猫が好きな20歳のコンビニ店員です。彼女の日課は、野良猫のベティたちに少しばかりの食事を与えること。ときおり、地域の住民たちが、世話をする彼女に心無い言葉をなげかけてくることもあります。猫にごはんを与える生活をする前までは、こんなに人に疎まれたことはないと語るファヨルですが、それでも、猫たちに会いにいくのでした。猫たちの生と死を目の前で見つめる物語でもあり、猫と触れ合う中で出会った魅力的な人々との関係性を描く作品でもあります。
竹田:可愛い猫たちの話と同時に、ファヨルの複雑な家庭の話も展開されていきますね。
田中:失踪してしまったお父さん、仕事が続かずに次々に辞めてついには一人でアメリカへ行ってしまったお母さん。ファヨルの幼少期の親子の苦しいエピソードも語られるのですが、物語の最後には、登場人物みんなにそれぞれの人生があると思わせるシーンで結ばれます。
竹田:猫好きが読んでも面白いし、韓国を舞台にして、若者が自分で人生を選ぶ様子を知ることもできる作品です。

田中:それじゃあ、感想タイムにいきましょうか。
竹田:この小説は大きな事件ではなく、日常を描いた作品なので、印象に残ったシーンとか、面白かったところとかを話していきましょう。
田中:日常のほんの小さな話が積み重なっていくのが良いですよね。あるある話じゃないけど、こういうことあるよねって。
竹田:それでいうと、小説家を目指す友人ティンクルが、1000枚書いたけど、パソコンにコーヒーをこぼしてもうダメだ! ってなって。その後すぐに就職しちゃう場面が、グッときましたね。この喪失を越えて、もう1度書ければ作家としてやっていけそうなんだけどな、って思った。
田中:竹田さんは素直に読んだんですね。
竹田:え、どういうこと??
田中:僕は、コーヒーをこぼしたのは、嘘だと読みました。小説を書くのをあきらめて、就職するって話をユーモラスに話してるのかなって。
竹田:なるほど。書けないから、とは素直に言えないのかぁ。
田中:自己防衛じゃないですが、「書けません」っていうのと、「書いたけどなくなった」っていうのでは、心の負担がだいぶ違うんじゃないかな。

竹田:田中さんが、印象深かったシーンは?
田中:この韓国文学の読書会を始めてからずっと気になってるんですけど、作品の中に、小説や詩を作っている登場人物が多く出てきていいですよね。
竹田:著者から読者へのファンサービスなのか、「新しい韓国文学」の作品を選んでいる人の趣味なのか。文学好きなキャラが出てきますね。図書館とかも良く出てくる。
田中:僕たちみたいなオタクは、文学が好きなキャラクターが出てくると嬉しくなりますね。
竹田:日本の現代小説には、あまり出てこないですね。
田中:僕たちみたいに斜に構えてるひとがいるからかな? 純粋な、読者に向けた楽しい描写を入れにくかったりして。
竹田:日本文学で本好きなキャラが出てきたら、洒落臭いなって思うかもしれない・・・。作品との距離感かな。
田中:全集が出てくるシーンも好きでしたね。主人公が世界文学全集を開いて「私よりずっと前に生まれたその本は、縦書きで、どのページも上下に段階に活字がびっしりだった」って思うんですけど、小慣れてない感じがしてリアルでいい。
竹田:それが当たり前だと思っちゃう僕たちが変わってるんでしょうね。
田中:そうですよ。現代日本で、二段組の小説なんて読んでいる人はひとりもいません。
竹田:それは言い過ぎだよ!

田中:20歳の主人公っていう設定が、効果的だと思いました。この作品に出てくるキャラクターは良い人もいるけど、そうじゃない人もたくさんいる。子供でも大人でも無いような時期に、出会った人の優しさや悪意ってその後の人生に影響するような気がします。
竹田:良いひとも、一癖も二癖もある。完全にヤバい人もいる。実際に危害までは及ばなくても、何か悪意を持って迫ってくる人が、ふらっと出てくる。
田中:主人公が中学生くらいの時にプールで付きまとわれるシーンは緊迫感がありましたね。結果的には、顔見知りの水泳の先生が助けてくれたけれど。
竹田:自分も小さい時に変な人に声をかけられたことがある気がする。何もなかったから忘れているけど、今思い出すと怖いね。
田中:あと、主人公たちが面倒見ている猫を、猟犬に襲わせる人が出てくるでしょ。
竹田:あれも怖いね。
田中:当たり前だけれど、僕たちの隣人には善意を持っている人もいれば、悪意を持っている人もいる。この作品はフィクションだけど、自分たちの周囲に実際にいる人を思わせるキャラクターの描き方だと思いました。
竹田:すごく親切な人もいましたよね。風と雨が強い日に、猫の小屋を直してくれた紳士。
田中:この小説の流れだと、あのおじさんも怪しいなって読んでいました。
竹田:まぁ、疑り深くなっちゃうね。

 竹田:都市生活に苦労している人のエピソードとして、段ボールを回収する場面が書かれていました。すごくつらいけど、東京にいる僕たちにも、とても身近な話だと思いました。
田中:亡くなった野良猫を埋葬する前に保管していた段ボールを、古紙回収の人が持って行ったという話ですね。

目の前が真っ暗になっていくような心地がした。大きな段ボール箱を一つ手に入れるために、その中にある猫の死体を放り出していくなんて。どれだけ大変な暮らしをしていたら、そうなるのだろう。死んだ猫も哀れだが、その人も哀れで気の毒だった。ふと、貧しいということが恐ろしくなった。ひどい貧しさは、人の感情を麻痺させる。

『野良猫姫』p253より抜粋

竹田:僕たちが生活している都市も、豊かなように見えるけど、ものすごく生活に困っている人たちがたくさんいる。しかも、そういう人たちが見えないところじゃなくてとても身近なところにいます。
田中:社会構造のせいで、住居や仕事を持てずに貧困生活をしている人たちが目の前にいるのに、例えば大きな駅に行けば必ず出会うのに、僕は何も行動していないです。自分が都市の一部で、そこに生活する困っている人たちに何ができるのかを考えさせるシーンでした。

竹田:最後の方で、詩を直される場面あったけど、どう思う?
田中:僕には師匠がいないのでこういう関係は憧れますね。
竹田:先生に直される前の方がいいなって思った。
田中:良くなる、悪くなるとかは関係ないんですよ。自分では思いつかない方向性を提示されることに意味があるんです。それを受け入れるか、入れないかは、その後の問題ですね。
竹田:今回主人公は、受け入れて変えました。そしてタイトルまで変えることになる。
田中:ちゃんと心の中で文句を言いながら変えるこのプロセスに意味があると思いますね。リアルでいい場面ですね。

竹田:もし、文豪が師匠になってくれるとしたら、誰にしますか?
田中:んー、樋口一葉ですね。理由は、才能があるからです。
竹田:僕は、サリンジャーとドストエフスキーで迷いますね。
田中:絶対、竹田さんとは合わないですよ。てか、誰とも合わなさそうですよ。
竹田:だよねぇ。
(その後も、「首相にするなら?」「親友にするなら?」と文豪トークが続くのでした)

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BOOK INFORMATION
『野良猫姫』

ファン・インスク=著、生田美保=訳
ためし読みはこちらから

◆PROFILE
田中佳祐
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。単著『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)。共著『読書会の教室』(晶文社)。文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)編集員。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。https://twitter.com/curryyylife

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
双子のライオン堂・公式サイト https://liondo.jp/
双子のライオン堂・YouTubeチャンネル

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