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カルト・マネジメント2:軍師になりたいあなたのための経営戦略論入門

  僕は都内のいくつかの大学で、非常勤講師をしてなんとか飯を食べています。マクロ組織論が専門だけど、経営学入門、経営組織論、経営管理論、経営戦略論と引き受けられるものはなんでもやっています。

「センセー、コンサルになるために、どういう勉強したら良いですか?」

 某大学で経営戦略論の授業が終わったあと、喫煙所で一服している時に学生に話しかけられた。
 よく見ると、僕の授業を受けている学生です。非常勤講師専業の五流研究者に質問するなんて物好きだな、と思ったけど、学生から見たら大学教員であることは間違いない。質問されることもあるでしょう。

「コンサルと一口でいっても、会社と職種によっていろいろ仕事あるからなぁ。経営組織論、経営管理論、経営戦略論は最低限必要だし、会社によっては会計学や、ORとか情報工学で資格取れるレベルの勉強が必須のところもあるよ。あと、統計つかった大規模調査の知識はもっといて損はないね」

「うげぇ。そんなに大変なんですか?」

「外資系のコンサルは高給取りってイメージあるかもしれないけど、勉強、資料作り、会議の連続だし、過労で30半ば過ぎた頃にはリタイアする場合が凄く多いよ。ほんと、生き残って稼げる人は一握り」

「うわー、けっこう大変なんですね」

「なんでコンサルになりたいと思ったのさ?」

「なんか、専門知識を武器に働けたら、上司とかにペコペコしながら生活しなくていいじゃないですか。アドバイスするだけで食える仕事って、楽そうでいいなぁって思って」

「コンサルは、そのペコペコするのが仕事の一つだよ。仕事取るためにクライアントに営業して、クライアントからの無茶な要求を研修とかシステム開発につなげて仕事とってきて、その営業にもノルマがあって上司に管理されているんだから、むしろペコペコ度は2倍だね」

「マジっすか。コンサルやめときますわ」

「高給取り目指せる職種だけど、勉強嫌い、コミュニケーションが苦手、プレゼン資料や企画書書くのが苦手、どれか一つでも当てはまったら向いてないね」

「勉強は嫌いじゃないんですけど、大学で勉強したのに、会社に入ったらリセットされて一から勉強し直せって言われるのが理不尽だなーって」

「まあ、わからなくもないかな。僕もそう思ったから、いまこんな仕事しているわけだし」

「大学の教授は……やっぱ駄目だわ」

「大学で勉強したことが、そのまま活かせる仕事だよ」

「論文いっぱい書かなきゃ、出世できないんでしょ。ノルマある仕事いやなんですよねー」

「そこが本音かい!」

 僕は盛大にずっこけてしまいました。
 要はこういうことだ。彼は「大学の学部レベルの授業で身につけられる知識」で、「上司にペコペコしなくてよくて」、「アドバイスするだけでノルマも何も課せられない」仕事で給料がもらいたいと。

「そんなに社会は甘くねーよ」

 そういって学生とは別れたのだが、僕は帰り道で考え込んでしまいました。そういや、僕がMBAに進学した動機が、その大学生とほとんど同じだったのです! 彼と違うのは、より専門性が高い知識が身につけられ、学位のとれるMBAを取ろうとしたことだけ。

 ひょっとしたら、意外とそういうニーズは高いのかもしれない、と考え始めて数時間後、ふと頭に浮かんだのがこの人(図1)。

横山孔明

図1 横山孔明

 不朽の名作、横山光輝版『三国志』の諸葛孔明。僕が中学生くらいの頃に、友達の間で妙に流行ったのですが、とにかく孔明を好きなキャラとして押す人が多かった。劉備と出会うまでほぼニートで、劉備の死後は失策だらけじゃんっていう意見をいう僕は、完全に変人扱いされていました。

 孔明に限らず、軍師というのは何故か人気がある。大河ドラマで黒田官兵衛が主役になったりしますしね。

じゃあ、なぜ孔明が人気あるのかな、というのを先程の学生をベースに考え直すと、


① 軍師孔明という立場が軍隊組織の命令系統から外れていて、劉備と対等の立場にある。


② これまで得てきた知識をもとにした献策で劉備を勝たせて、感謝される。


③ 劉備の死後に宰相の地位につくまでは、軍師として軍隊組織の命令系統の外で、「助言者」として尊重される立場を維持している。


ということなのでしょう。

 もちろん、孔明を始めとして、龐統、荀彧、荀侑、程昱、郭嘉といった三国志に登場する軍師たちがそんな存在ではないことは、十分に承知しています。軍師は作戦の立案者であり指揮官、政策の立案者であり官僚です。むしろ、君主と軍隊・行政の現場組織の間に挟まれた中間管理職で、実はいちばん大変な役割だろうなぁ、と思いますが、それはさておき。

 要は、「大学の学部レベルの授業で身につけられる知識」で、「上司にペコペコしなくてよくて」、「アドバイスするだけでノルマも何も課せられない」仕事で給料がもらえるような、都合の良い仕事がこの世にあるのかどうか、ということ。

 日本の戦国時代には、それに近い仕事がありました。御伽衆などと言われる人たちです。
 豊臣秀吉が御伽衆を積極的に集めていたことが有名です。豊臣秀吉は農民(足軽説もありますが)出身であるため、貴族や武家の教養に欠けていました。それをカバーするのが御伽衆。引退した名家の元大名や、教養の高い貴族、茶人など当時の文化人を御伽衆としてそばに置き、必要に応じて知識や経験、人脈を提供させました。千利休のように政治的に重要なポジションを与えられるケースもありましたが、基本的には政治にも軍事にもノータッチ、組織の命令系統の外にありつつ、秀吉を含めて諸大名に一定の尊敬を集められていた存在がお伽衆でした。コンサルを諦めた彼が求めているのは、まさに御伽衆になると思います。

 そんな都合の良い仕事が、現代日本の企業の中にあるのか、というと公式の仕事の中にはありません。
 ただ、そういう存在の人がいるんですよね。大企業でも中小企業でも。
重要なプロジェクトを任されるエースとか、出世ルートに乗っているエリートというわけではないのだけど、なぜか管理職や社長から頼りにされていて、非公式的に意思決定の助言役になっていたり、プレゼン資料や企画書の作成を代行していたるするような人たち。

 僕の経験上だと、そういう人は気がついたら社長室とか秘書室付きになっていて、実務には余りタッチせずに社長や役員の近辺をプラプラしながら、気楽に会話していることが多い。それで、定年後も再雇用などで優遇されて、会長付きとかになって長らく給料をもらいつつ、ご意見番的な立場を手に入れていたりする……。

 これ、よく考えたら、理想的なサラリーマン生活じゃありませんか?
 とりあえず僕は、こういうサラリーマン像を「軍師」と呼ぶことにしました。

 どうやれば、会社の中で「軍師」のポジションを手に入れられるのか?
 会社の中には、「軍師」なんてポジションはありません。
 普通に社長室や秘書室に配属されたら、単に社長の仕事を支援する実務業務を課せられるだけです。
 「軍師」になるためには、社長に「軍師」としてのあなたが求められなければならないのです。

こう言わせろ!

図2 社長にこう言わせろ!


 そんなこと、可能なのでしょうか?
 可能です。たんなるニートだった孔明も、劉備に求められたのです。その理由は、劉備=社長そのものにあります。
 社長は会社の戦略、組織、人事、予算と全ての最終的な決定権をもつ、強烈な存在です。
 他方で経営学者のコッター(Kotter)は、著書『パワー・イン・マネジメント』で「管理者の仕事に内在する他者への依存が、管理者に与えられているパワーや支配力よりも大きい」と指摘しています。
 確かに社長は強大な決定権を有していますが、自分が作った(あるいは認めた)戦略や組織、人事や予算編成が、「正しい」かどうかの確信はありません。それどころか、社長としての仕事が多岐にわたるため、その全てに関わり、必要な情報収集と分析、取りうる選択肢の洗い出しと、最終的な意思決定を行えることなんて無理です。だから部下に権限移譲をして、戦略、組織、人事や予算をボトムアップ式に作ってもらうわけですが、それだけではまだ足りない。ボトムアップで作られたそれらの提案を、会社全体の方針として社長が決定するにも、それが正しいと確信がないとできない。だから、その決定を後押ししてくれる存在=軍師が求められるのです。

 社長の決定は他者に依存していること、これが、あなたが軍師というポジションを得るための手がかりになります。

 それでは、具体的にどうすればよいか。コッターは、上司を理解し、彼に絶えず情報を提供し、自分に依存する状態を作るボス・マネジメントの必要性を指摘しています。そして、ボス・マネジメントを実現するためには、上司があなたに依存するだけの根拠を持つ必要があります。実は、経営戦略論が、この根拠になりえます。経営戦略論は、企業の戦略的意思決定をサポートするツールを提供する学問として、スタートしました。まさに、軍師になるための学問が、経営戦略論なのです。

 ベンチャー企業の創業社長であっても、大企業で出世した社長であっても、日常の業務をこなすのが忙しく、経営戦略論を使いこなせるほど勉強する時間はありません。そこに、まず漬け込むスキがあると考えましょう。それこそ、大学の学部レベルで教えられているような経営戦略論の知識であっても、社長の置かれている状況を見抜いて、適切に助言することができれば、部署や命令系統を飛び越えて、社長の意思決定の後押し役として依存される立場=軍師としの立場をゲットする事が可能です。

 「大学の学部レベルの授業で身につけられる知識」で、「上司にペコペコしなくてよくて」、「アドバイスするだけでノルマも何も課せられない」サラリーマン生活を送るための第一歩は、まず社長に依存されるあなたになること。そのために、経営戦略論を学んでいきましょう!

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